著者 : 霜月桂
受話器から冷たく傲慢そうな夫の声が聞こえてきたとたん、キャサリンは後悔した。なぜ電話してしまったのかしら?夫のビートと別居して3年になるが、二人のあいだに、いまだ愛憎の炎が熱く燃えさかっている事実に彼女は愕然とした。富と容貌に恵まれたビートの周囲には常に女性の影がつきまとい、キャサリンはさんざん苦しめられた。でも、彼は息子の父親だ。息子のことで相談できるのはビートしかいないのだ。結局二人の話し合いは決裂し、キャサリンは失望するが、翌朝、彼女の家の前に興奮冷めやらぬ様子のビートが現れて…。
その日職場に現れた男性を見て、サリーナは茫然と立ちつくした。わたしの人生をめちゃくちゃにした、コルビー・レイン!富豪の娘として育った彼女は17歳のとき、父のSP役に抜擢されたコルビーと燃えるような恋に落ちた。鍛えぬかれた腕に奪われ、すべてを捧げた一夜の後、彼は非情にもサリーナを捨て去ったのだ。そして妊娠が発覚。サリーナは実家からも勘当され、以来7年間、貧困のなかで娘を育ててきた。震える心を押し隠しコルビーと向き合いながら、彼女は誓った。愛しい娘の存在だけは、けっして彼に知られてはならない…。
誰もがうらやむ美貌の持ち主でも、サハラには隠し通してきた傷があった。名家の主人と使用人のあいだに生まれた彼女は、その美しい容姿に目をつけた女主人に無理矢理引きとられ、気の向くときだけ“名家の令嬢”を演じさせられてきたのだ。大人になり、独立して、ようやく手に入れた平穏な日々も束の間、サハラは何者かに命を狙われ始める。過去の影に怯える彼女の前に現れたのは、最強ボディガードとして名高いブレンダンだった。優しくたくましい腕に24時間守られるうち、かたくなに生きてきたサハラの心は少しずつ解けていき…。
絡みつく母の情夫の魔の手から逃れるために、家を飛びだしたのは12歳のとき。路頭に迷った末、幼い弟を抱えて、あえぐように生きるしかなかったティピーだったが、苦痛と恐怖に満ちた少女時代のために極度の男性恐怖症にも陥っていた。だが、孤高の男キャッシュとの出逢いが運命を変える。何かに飢えたような暗い目をした彼に、同じ不幸の匂いを感じて、初めて人を愛する意味を知るティピー。しかし辛すぎる過去のせいで彼は誰も愛せない。ティピーが妊娠に気づいたのは残酷にも、キャッシュに愛と結婚を拒絶されたあとでー
25歳のライザは、妻子持ちの男にだまされてから、もう二度と恋はしないと誓って仕事に打ち込んでいる。財閥のギフォード一族の放蕩息子に言い寄られても、友人以上の関係になるつもりはなかった。ところが二人の関係をマスコミが騒ぎ立てたことから、ライザは金目当ての欲得女というレッテルを貼られてしまう。くだんのプレイボーイの叔父で、ギフォード家の家長キア・ザッカリーは、甥とライザの仲を割きにかかる。彼は財閥の若き長としての権力を発揮して甥を外国にやり、代わりにライザのことは、自らの欲望のはけ口にしようとし…。
16歳のとき、クリスタベルは酒に酔った父親から手ひどい暴力をふるわれた。窮地を救ってくれたのはテキサス州騎馬警官のジャド・ダン。父親はすぐに逮捕され、病弱な母親と幼くして残されたクリスタベルだが、そんな彼女を守るためにとジャドは名目だけの結婚を提案するークリスタベルが21歳になるまでの期限つきで。あれから5年、いまだ二人はキスすらしたことがなく、クリスタベルは純潔のまま。夫ジャドへの想いをひそかに募らせる日々だ。気がつけば二人が他人同士に戻る期限の日まで、あと2カ月になろうとしていた…。
孤児のジェーンは伯母にこき使われる毎日を送っていた。伯母の娘は玉の輿を狙って公爵と婚約したが、彼に幼い息子がいると知ったとたん弱腰になり、婚約を破棄。それを伝えに行く役目をなんとジェーンに押しつけた。広大な領地と屋敷を持つというペドロ・ザント公爵は、知らせを聞いて激怒するかと思いきや、意に介した様子もなく、恐ろしくハンサムな顔に尊大なまなざしを浮かべジェーンを見下ろした。「それならきみが代わりに来ないか、息子の子守として」こんなに怖そうな人の下で働くなんて…とジェーンは怯えたが、彼女の心は囁いた。あなたが恐れているのは、彼の魅力でしょうと。
ヨークシャーに壮大な邸宅を構える伯爵家インガム一族と、使用人スワン一族。固い絆で結ばれた両家の間には、身分差を超えた愛も生まれた。少女の頃から服飾デザインに天賦の才を発揮し、インガム家の令嬢達を美しく装わせてきたセシリーと伯爵家の跡継ぎマイルスは、身分の差を超えた秘密の恋を成就させ、ついに結婚。セシリーは平民の身でありながら、次期伯爵夫人となったのだ。だが、幸せに包まれる両家には暗雲が垂れ込めようとしていた。時は1938年。遠く第三帝国で響く軍靴の足音が、キャヴェンドンにも迫りつつあったー。
英国も戦争を回避できない情勢となり、セシリーはあるジレンマに陥る。次期伯爵の妻である以上、跡継ぎをもうけることは義務であり務めだが、戦時下に子どもを産むことに怖れも感じていた。だがどれだけ戦況が深刻になろうとも、マイルスとの愛は深まりこそすれ陰ることはなく、二人は互いへの情熱を絶やさず燃やし続けた。やがてセシリーは身ごもるが、その尊い命は儚くも失われることとなる。最愛の家族の出征、失われる命…キャヴェンドンが迎えた最大の試練の時、セシリーは立ち上がるー両家を繋ぐ、愛と絆の掟を胸に。
キャピーは幼いころに両親を亡くし、今は動物病院で働きながら、怪我で半身不随となった兄とつましい生活を送っている。ある日、車の衝突事故に巻きこまれたキャピーは、その場に偶然居合わせた院長のベントリーに救われて、驚愕した。いつも気難しく、キャピーにはとくにきつく当たっていた彼に、こんな心優しい一面があったなんて…。それ以来、互いの家を行き来するようになった二人は距離を縮め、キャピーはベントリーとの結婚さえ夢見るようになった。ところが翌週、突然別人のように冷淡になったベントリーから、キャピーは耳を疑う言葉を浴びせられる。「君はくびだ。出ていけ」
ヨークシャーに壮大な館キャヴェンドン・ホールを構える伯爵家インガム一族と、代々仕えてきたスワン一族。両家の固い絆は、時に忍ぶ愛をも生んできた。セシリー・スワンもその一人で、幼いころ伯爵家の嫡男マイルスと将来を誓い合ったが、身分差という壁に阻まれ、結婚は叶わなかった。以降心を閉ざし、ロンドンで仕事ひとすじに生きてきたセシリーに、キャヴェンドンから思いがけない依頼が舞い込む。マイルスと二人で、ある催しを取り仕切れというのだ。それは、当代伯爵とセシリーの大叔母の、許されるはずのない結婚式だった。壮大なヒストリカル・サーガ第2弾。
英国に恐慌の不穏な空気が忍びより、没落する貴族も出始めた。時代は変わり、インガム家でも史上初めて身分差を超えた婚姻が結ばれた。セシリーの大叔母は変わらぬ忠誠心と深い愛で夫となった伯爵を支え、伯爵の娘たちもそれぞれに真実の愛を見つけ、束の間キャヴェンドンは婚約披露や結婚式に花が咲いた。輝くばかりの婚礼衣装はすべてセシリーの手によるものだった。花嫁のヴェールを直してやりながら、セシリーは涙を押し隠した。マイルスへの想いは変わらないが、彼との結婚は叶わないーセシリーの愛だけは、不毛なままなのだった。