出版社 : 小学館
泥棒をしたり、粗相をしたりする“駄犬”と、それでもかわいく思う作家との交流を描いた「駄犬」「犬と小説家」。半可通の男が、お店の女性たちからばかにされているのに、田舎者の青年にいいところを見せようとする「遊子方言」。娘を交通事故で亡くした男が、手紙の交換を通じて女子高生と心を通わせる「嘘」。満州時代の思い出を、阿川弘之氏との交流を交えて綴る「初恋」「クワッ、クワッ先生行状記」。そして、気持ちがやさしく世話焼きの先輩女性社員に、新入社員が気づかぬうちにからめとられてしまう表題作「天使」など、クスリと笑えてホロリと泣ける珠玉の短篇集。
人物評伝では高く評価されている瀬戸内晴美が、自らとゆかりの深い人物について掘り下げた短篇集。欧州社交界にこの人ありといわれた薩摩治郎八が余生を過ごす徳島に、地元生まれの著者が訪ねていく表題作のほか、太宰治の終焉の地近くに住むことになった著者が、“斜陽の子”太田治子との対話などを綴った「三鷹下連雀」、恋多き男・竹下夢二が最も愛した女性・彦乃との悲しい物語「霧の花」、著者が師事する丹羽文雄と老画家との奇妙な交流と別れを描いた「春への旅」、幸徳秋水の元妻の独白の形で綴られる「鴛鴦」の5篇が、著者ならではの女性と人間についての深い洞察で描出される。
松尾純一郎、57歳。大手ゼネコンを早期退職し、現在無職。妻子はあるが、大学二年生の娘・亜里砂が暮らすアパートへ妻の亜希子が移り住んで約半年、現在は別居中だ。再就職のあてはないし、これといった趣味もない。ふらりと入った喫茶店で、コーヒーとタマゴサンドを楽しみ、せっかくだからもう一軒と歩きながら思いついた。これから、趣味は「喫茶店、それも純喫茶巡り」にしよう。東銀座、新橋、学芸大学、アメ横、渋谷、池袋、京都ー。コーヒーとその店の看板の味を楽しみながら各地を巡るが、実は苦い過去を抱えていた。妻の反対を押し切り、退職金を使って始めた喫茶店を半年で潰していたー。
初老の介護士・三谷孝は、対人関係能力、調整力、空間認識力、記憶力に極めて秀でており、誰もが匙を投げた認知症患者の心を次々と開いてきた。ギフテッドであり、内閣情報調査室に協力する顔を持つ三谷に惹かれたのが、ハーバード大卒のIT起業家・大河内牟禮で、二人の交流が始まる。大河内が経営するベンチャー企業は、牟禮の母・尾上鈴子がオーナーを務める東輝グループの傘下にある。尾上一族との軛を断ち切り、グローバル企業を立ち上げたい牟禮の前に、莫大な富を持ち90歳をこえてなお采配をふるう鈴子が立ちはだかる。牟禮をサポートする三谷も、金と欲に塗れた人間たちの抗争に巻き込まれてゆく。
その日、AI研究に携わる四人の教授が、シンポジウムのため壇上に上がった。会の終盤。一人の教授が壇上で倒れた。そのまま帰らぬ人となった。やがて届いた連続殺人を告げるメール。だが、それはほんの端緒に過ぎなかった。デビュー作「だから殺せなかった」著者が放つ慟哭の社会派ミステリー。
陸軍に入隊した弟・正二は、「昭和維新」を掲げる先輩将校らとともに、二・二六事件の渦中に。政府から見放され、蹶起したグループは「反乱軍」と見なされるなか、正二は「隊長と一緒に死のう」と覚悟を決める。右翼的な心情を抱く正二とは対照的に、左翼活動を続けてきた兄・進一は、一度は転向を表明するものの、再びかつての同志たちと手を組もうとしていた。満州を舞台に、地主支配からの解放を実現しようというのだ。だが、現地での活動は一筋縄ではいかずー。関東大震災、昭和恐慌、満州国建国などを背景に、激動する社会状況を、対照的な兄弟の姿を通じて描く長編の後編に、満州と主人公について、より深く解説する「尻の穴」を併録。
大阪府出身ながら著者自ら“青春の地”と称する神戸を、著者の同級生や神戸在住の叔父夫婦、貿易商の郭夫妻らとの交流を通じ、さまざまな角度でとらえていく。会話を丹念に再現することで、戦時中の悲しい思い出や戦後の復興期、ポートピアに沸く人々の華やいだ気持ちなどが手に取るようにわかり、今昔の神戸を描く、著者にとっての「神戸物語」となっている。
四人で暮らす兄弟が、ぎんなみ商店街で起きた事件に迫る。同じ事件、同じ手がかりを見ているのに、三姉妹とはまったく違う推理の展開に…?
焼き鳥店『串真佐』の三姉妹が、ぎんなみ商店街で起きた事件に迫る。同じ事件、同じ手がかりを見ているのに、四兄弟とはまったく違う推理の展開に…?
「ねぇ、死ぬのね。どうやって死ぬの。よう。教えてよ。どんな死に方をするの」米軍上陸が迫るなか、桜島の海軍通信基地に異動になった村上兵曹は、一夜をともにした女性に、そう詰められる。しかし、どういう死に方をすればいいのか、そのときになってみなければわからない。ただ、死が目前に迫っていることをひしひしと感じるだけだった。生きることへの執着と諦観、どうせなら美しく死にたいという願望と、それはかなわないだろうという無力感…。背反する思いを抱えたまま散歩に出た村上に、グラマンの銃弾が降り注ぐー。出世作「桜島」に、戦地で自死同然に亡くなった弟の足跡を、双子の兄たちがたどっていく芸術選奨作「狂い凧」を併録。
日本橋の繊維問屋の家に生まれた永森進一と正二の兄弟。関東大震災、昭和恐慌、満州国建国などを背景に、激動する社会状況を、対照的な兄弟の姿を通じて描く。成績優秀な進一は、学生時代から社会主義に傾倒し、卒業後は組合活動に没頭。しかし、左翼活動家の取り締まりを強めていた特高警察に捕まってしまい、連日激しい拷問を受ける。やがて起訴保留となり釈放されるが、進一はそのときすでに肺を患っていた。一方、兄とは違って明るく社交的な正二は、学校を出ると家族らに盛大に見送られて入営。ところが、この連隊では体罰こそなかったものの、「昭和維新」(天皇親政の国家を目指す運動)を標榜する右派の巣窟となっており、正二はやがて日本中を揺るがす大事件に否応なく巻き込まれていくー。あたかも激流のように社会が激しく変動するなか、ふたりはどこに行きつくのか…。治安維持法違反の疑いで検挙された経験を持つ著者の体験から描かれた魂の長編の前編。
令和四(二〇二二)年、イタリアのフィレンツェで“信長の遺書”なる古い紙束が見つかる。それは信長の近習の書記・太田牛一によって密かに編まれた『信長公記』、幻の「完本正篇」だったー。時を遡ること四四〇年以上前の天正七(一五七九)年、島原半島にイタリア人宣教師のアレシャンドロ・ヴァリニャーノが上陸する。後に信長に謁見することとなったその大男は、ルネサンス期にイタリア半島を駈け巡った驍将チェーザレ・ボルジアのことや、マキアヴェリによって書かれた『君主論』の話を、信長の求めるままに侍講した。そうして、天下を統べるはずだった男の好奇の思いは、牛一の筆によって漏れなく記されていく。
舞台は令和と昭和の、とある出版社。明日花(28歳)は自社が出版する学年誌100年の歴史を調べるうちに、今は認知症の祖母が、戦中学年誌の編集に関わっていたことを知る。学年誌百年の歴史は、子ども文化史を映す鏡でもあった。祖母の軌跡を紐解くうちに、明日花は、子どもの人権、文化、心と真剣に対峙し格闘する先人たちの姿を発見してゆくことになる。子どもの人権を真剣に考える大人たちの想いを縦糸に、母親と子どもの絆を横糸に、物語は様々な思いを織り込んで壮大な人間ドラマとなっていく…。
造園設計士・高桑は、伝説の作庭師・溝延兵衛に心を奪われていた。彼の代表作である清間庭(せいけんてい)は、昭和初期に吉田房興侯爵が兵衛に依頼したもので、定石を覆す枯山水を作るために、大きな池を埋めていた。だが、その池からは白骨死体が見つかっていた。
ー今日私が申し述べました真相は、あるいは大部分が嘘であるかも知れません。嘘であるという証明も本当であるという証明も出来ないのであります。…有るものはただ外部的資料に過ぎない。私の行為、私の言葉に過ぎない。私の心にある真実は推察されるだけであります。-自殺幇助の疑いで裁判にかけられている雑誌編集長・神坂四郎。神坂が横領の事実を糊塗するために、梅原千代が持つダイヤを我が物にしようとし、心中を装ったとされているが、証言台に立った被告の妻、同僚女性、被告の飲み仲間らは微妙に食い違う証言をする。被告のさまざまな顔が明らかになると同時に、証人のエゴイズムも露わになっていく表題作のほか、戦争で人生が変わってしまった二人の女性を描く「風雪」、常識や時代にとらわれず勝手気ままに過ごしているように見えた友人の本当の想いを綴る「自由詩人」という傑作短篇2篇を収録。
浅草六区の映画街で、ストリップ小屋の隣にバラックを建てて住み着いていた廃品回収業のイサム。関東大震災時に頭を打った影響で、言動は少しおかしいが、生真面目な性格から楽屋番のおばさんをはじめ周囲の人からかわいがられていた。毎年春になると、踊子の一人を好きになり、線のつながっていない電話機で電話をかける。やがて妄想の相手と恋人同士になり、熱い日々が続くが、踊子に本当の恋人ができると…。イサムのユーモラスだが悲しい恋を描いた表題作のほか、厳しい刑事とストリッパーのほのかな恋を綴る「入歯の谷に灯ともす頃」、重要文化財の天狗の面を、あらぬことに使ってしまう「天狗の鼻」など、いずれ劣らぬ名調子5篇を収録。
猪瀬藍・37歳・女性・独身。「借金をして家を買おう」そう思いついたのは六年前のことだった。果たして、その物件に手をだしてはいけなかったのか…。予想外の展開に背筋が凍るー異色のマイホームミステリー。