出版社 : 白水社
天使像が持つ木製のトランペットを吹き鳴らしたら、いったい何が起こるのか。深夜の教会に忍び込んだ二人の少年の冒険を描く「トランペット」。ある暑い日、ロンドンの喫茶店で出会った男が語り続ける同居女性の失踪話に薄気味悪さがにじむ「失踪」。三百五十年の歳月を生きてきた老女の誕生日にお屋敷に招かれた少女の話「アリスの代母さま」ほか全7篇、繊細な描写に仄かな毒と戦慄がひそむデ・ラ・メア傑作選。
語り手は、19世紀半ばの大飢饉に陥ったアイルランドで家族を失い、命からがらアメリカ大陸に渡ってきたトマス・マクナルティ。頼るもののない広大な国でトマスを孤独から救ったのは、同じ年頃の宿無しの少年ジョン・コールだった。美しい顔立ちに幼さの残る二人は、ミズーリ州の鉱山町にある酒場で、女装をして鉱夫たちのダンスの相手をする仕事を見つける。初めてドレスに身を包んだとき、トマスは生まれ変わったような不思議な解放感を覚える。やがて体つきが男っぽくなると、二人は食いっぱぐれのない軍隊に入り、先住民との戦いや南北戦争をともに戦っていくー。西部劇を彷彿とさせる銃撃戦、先住民の少女と育む絆、はらはらする脱走劇、胸に迫る埋葬場面などが、勇敢な兵士でありながら女としてのアイデンティティーに目覚めたトマスによって生き生きと語られる。
ショパン弾きの老ピアニストがバルセロナで出会ったベアトリスに一目惚れ、駆け落ちしようと迫るが…。求愛する男と求愛される女のすれ違う心理に迫る、ピリ辛ロマンチック・ラブコメディ!
霧と雨に閉ざされた絶海の孤島での「眠る人魚の誘惑」、単調で退屈な工場で働く会計係による「王殺しの冒険」-いずれが現実で、いずれが幻覚か。触れては、また遠ざかる二つの物語。執筆後30年を経て発表された、幻のデビュー作。
ポポカテペトルとイスタクシワトル。二つの火山を臨むメキシコ、クアウナワクの町で、妻に捨てられ、酒浸りの日々を送る元英国領事ジェフリー・ファーミン。1938年11月の“死者の日”の朝、最愛の妻イヴォンヌが突然彼のもとに舞い戻ってくる。ぎこちなく再会した二人は、領事の腹違いの弟ヒューを伴って闘牛見物に出かけることに。かつての恋敵ラリュエルも登場し、領事は心の底で妻を許せないまま、ドン・キホーテさながらに破滅へと向かって突き進んでいく。ガルシア=マルケス、大江健三郎ら世界の作家たちが愛読した20世紀文学の傑作、待望の復刊!
語り手は一匹のヤモリ。アンゴラの首都ルアンダで、フェリックス・ヴェントゥーラの家に棲みつき、彼の生活を観察している。フェリックスは人々の「過去」を新しく作り直す仕事をしている。長年にわたる激しい内戦が終わり、アンゴラには新興の富裕層が生まれつつあるが、すべてを手にしたかに見える彼らに足りないのは由緒正しい家系なのだ。そんな彼らにフェリックスは、偽りの写真や書類を用いて新しい家系図と「過去」を作成して生計を立てている。ある日、フェリックスのもとを身元不詳の外国人が訪ねてくる。口髭を生やし、古臭い服装をしたその男は、「名前も、過去も、すべて書き換えてほしい」と頼み、大金を積む。フェリックスは悩むが、結局、ジョゼ・ブッフマンという新しい名前をはじめ、すべてを完璧に用意する。ブッフマンは大喜びし、以後、足繁く訪ねてくるようになる…。2007年度インディペンデント紙外国語文学賞受賞作。
歴史の大変動期に異なる女として個別の生を生きながら、おのおのが周縁的存在として苦しみ、抗う。そこにくり返し現れる“ウィリアム”という名の男…。500年の時空を超え、4人の女“アーダ”たちの生と死がループする!
人生の旨味と苦味と可笑しみを洒脱な筆致で描く、著者92歳の到達点!パリ文壇最長老による生前最後の傑作短篇集。「ある受刑者」「サンドイッチマン」「記憶喪失」ほか全13篇収録。
『分解する』『ほとんど記憶のない女』につづく、「アメリカ文学の静かな巨人」の三作目の短編集。内容もジャンルも形式も長さも何もかもが多様なまま自在に紡がれる言葉たちは、軽やかに、鋭敏に「小説」の結構を越えていく。作家が触れた本から生まれたミニマルな表題作「サミュエル・ジョンソンが怒っている」をはじめ、肌身離さず作家が持ち歩くという「小さな黒いノート」から立ち現れたとおぼしき作品など、鋭くも愛おしい56編を収録。
1989年夏の東ドイツ。大学で文学を学ぶエドは、恋人を事故で亡くして絶望し、人生からの逃亡を決意する。向かったのはバルト海に浮かぶ小さな島、ヒッデンゼー。対岸にデンマークを望むこの島は、自由を求める人々の憧れの地だ。島に到着したエドは、さしあたり一夏を過ごそうと「隠者亭」の皿洗いの職に就く。実質、島はクルーゾーというカリスマ的な男によって統治されていた。強烈なパワーで周囲を動かすクルーゾーに、エドは畏怖と憧れを抱く。やがて、クルーゾーは詩への情熱からエドを特別な存在として認め、二人は心を通わせ、深い絆で結ばれていく。だが、夏が終わり、秘かに国境を越えようと住人が一人また一人と去っていくと、平穏な日々に亀裂が…。最後に一人、島に残った男が知る世界の大転換と、友との約束とは?夢と現実の境界を溶かす語りで国家の終焉を神話に昇華させた、ドイツ書籍賞受賞作。
コロナ後の厳しい時代を「やさしさ」で武装して生き抜くために。サッカーチームの先輩から自然に受けていた励まし、偽善的な上司への演技、客室乗務員時代の女性たちの連帯…。マウントや偏見など無意識の暴力がはびこる日常生活を、相手の立ち場で考える想像力=「やさしさ」を持って見つめ直し、私を立ち上がらせた大切な感情の集積。韓国で大反響のエッセイ!
「アメリカ文学の静かな巨人」のデビュー短編集。言葉と自在に戯れるデイヴィスの作風はすでに顕在。小説、伝記、詩、寓話、回想録、エッセイ…長さもスタイルも多様、つねに意識的で批評的な全34編。ある女との短命に終わった情事を、男が費用対効果という観点から総括しようとする表題作「分解する」をはじめ、長編『話の終わり』の原型とおぼしきファン必読の短編も。
存在を規定する記憶をすべて失い、“ウル”と名づけられた女性が、混沌の中から意識の底にある感覚を浮上させ、自分が何者であるのかを夢幻的に探っていく三つの物語。
戦争の大義は何処へ、三部作最終章。激戦地クレタ島脱出から二年が経ち、ガイ・クラウチバック大尉はロンドンで無為な日々を送っていた。王立矛槍兵団の戦友たちが戦地へ向かうなか、もうすぐ四十歳という年齢を理由にひとり後に残されたガイは、開戦時に抱いた崇高な大義を見失いつつあった。一方、クレタ島でガイの命を救ったリュードヴィック曹長はいまや情報軍団少佐に昇進し、戦場で書きとめた覚書きに基づく『瞑想録』の出版を画策中。ガイの元妻ヴァージニアは予期せぬ妊娠に途方に暮れていた。ついに情報将校としてイタリア方面への派遣が決まったガイは落下傘降下訓練に参加するが、訓練中の負傷で療養生活を送るはめに。不運続きのガイの戦場は一体どこにあるのか…。自身の軍隊体験をもとに、戦争の醜悪かつ滑稽な現実と古き理想の崩壊を描くイーヴリン・ウォー最後の傑作“誉れの剣”三部作完結篇。
半世紀以上を経て娘が探し当てた亡き母の生。二〇一三年のある夏の夜、若くして逝った母の痕跡をたどる旅が始まった。手がかりとなるのは母の名前と残された三枚の写真、二通の書類、そして「わたし」のおぼろげな記憶だけ。忘却に抗い、失われた家族の歴史と、自らのルーツを見いだす瞠目の書。ライプツィヒ書籍見本市賞受賞作。
ロザリーンの子供たちは、“緑の小径”近くのこの家から巣立っていった。司祭になると言って家を飛び出した長男ダンは、ニューヨークのアート界周辺を漂浪して久しい。次男エメットは、アフリカ各地で途上国支援に身を捧げている。一番上の長女コンスタンスは、夫と子供たちとの平凡だが穏やかな毎日を送っている。末っ子のハンナは、女優になったものの、いまは赤ん坊を抱えて休業中。そんななか、夫亡き後独りで暮らす母ロザリーンから4人にクリスマスカードが届く。我が家を売ることにしたという一文に驚き、これまで帰郷を避けてきた子供たちがクリスマスに久しぶりに勢ぞろいする。だがぎこちない距離感とそれぞれのわだかまりからたびたび小さな諍いに。たまらずロザリーンは車で出かけてしまうが…。自分の居場所はどこなのか。現代アイルランド文学の第一人者が精巧な筆致でリアルに描き出す、潮の満ち引きのように離れても引き戻す強い家族の愛と変化の物語。2016年度アイルランド文学賞受賞作。
彼は「クレムリンの魔術師」として知られていた。ヴァディム・バラノフは、ロシアの皇帝の黒幕になる前はTVのリアリティ番組のプロデューサーだったという。“私”はある夜、SNSで知り合った人物からモスクワ郊外の邸宅に招かれて、その祖父の代からの「ロシアの権力の歴史」を知る。ヴァディム・バラノフには、舞台芸術アカデミーで演劇を学んだ青春時代、ヒッピーの両親をもつクセニアという美しい恋人がいたという。ロシアのプロパガンダ戦略や、ウクライナとの戦争において、ヴァディム・バラノフはどんな役割を担っていたのだろうか?エリツィン、クリントン、メルケル…実在の政治家たちも実名で登場し、ソチ冬季オリンピック開会式で赤軍合唱団にダフト・パンクを歌わせた史実なども挿話され、プーチンの権力掌握術やロシアの国民感情が語られてゆく。迫真のリアルポリティーク小説(全31章)。2022年バルザック賞受賞、ゴンクール賞最終候補など、話題沸騰のベストセラー!アカデミー・フランセーズ賞受賞作品。