著者 : 斉藤英一朗
予定より二カ月早く、キースの脳が帰って来た。無数の脳に包まれて一個の巨大な“脳”と化したキースは、驚愕する銀河統合軍と一戦を交えながら惑星マルスへと突き進む。その頃、弟のケンは、兄を救えるのはおまえだけだというビーティー老人の言葉を信じて、彼の研究室で長期にわたる実験に身をゆだねていた。そして“脳”がマルスの北極点に達したとき、壮絶なドラマが始まった。
惑星クリークに発生する巨大なガスの渦巻きを周回するレース《ジュピター・グランプリ》の開催まで、後二ヵ月。前年度チャンピオンのダコタに、ピンチが訪れた。カイン結社に傷を負わされたため、相手会社の正体を確かめないまま契約していた仕事に大幅な遅れが出たのである。ダコタはレース出場を禁じられ、マリンを人質に取られて仕事の続行を強要される最悪の事態となった。
北極と南極を結ぶ巨大な円周上をひとり乗りの大気圏内用のジェット機で一周する《子午線トライアル・レース》は、地形や気象条件の影響を跳ね返す高度な操縦技術が要求される、危険だが、男のロマンに満ちたレースである。自分にレース参加を要請したクライアントが、凶悪集団ビスマークの残党と手を結んだカイン結社の幹部とも知らず、レースに臨むダコタは闘志満々だった。
恒星表面にぎりぎりまで自由落下して降下距離を競うサンダイビングは、死と隣り合わせの危険を高度な技術と勇気とで切り抜けるスリルで見る者を魅了したが、同時に賭けの対象としても圧倒的な人気を誇っていた。ダコタの親友で現チャンピオンのルイは、恒星ヒュドラーでおこなわれる選手権試合でも圧勝が予想されていたが、〈カイン結社〉は密かにその魔手をルイに伸ばしていた。
マシンを扱わせれば並ぶ者のない凄腕の持ち主ダコタは、フリーフォールの名で呼ばれていた。シャトルの自由落下の航法を可能にする、唯一の男だからだ。幾度目かの困難なテスト飛行を終えたダコタは、リゾート惑星マリノアにやってきた。だが、疲れを癒す休息は得られなかった。この星に伝わる秘宝を巡る争いに、知り合ったばかりのフォーク神父と共に巻き込まれてしまったのだ。