制作・出演 : アナトリー・ヴェデルニコフ
ソ連時代は当局から活動の制限を課せられ、93年の来日直前に亡くなったヴェデルニコフの名演のひとつ。ファンタジックでありながら知的に制御されたドビュッシーが味わえる。高い評価を得た1枚。
こういう演奏を聴くと、来日直前での逝去がほんとうに惜しまれる。ロマンティックだが、きわめて堅固な造形を保って、明確な輪郭を持つ。硬軟、強弱の幅が広く、ニュアンスに富み、スケールの大きな演奏を聴かせる。録音は良くないけれど、彼の音楽を損なうほどではない。
最高の音で楽しむために!
「ローレライ」や「フォルラーヌ」(「クープランの墓」第3曲)での抑制を利かせた詩情、また「メフィスト」などでの強靭な打鍵から生み出される硬質で輝かしくかつ深い響きは、まさにこのピアニストの独擅場。「水の戯れ」の音のきらめきや、オルガンの魅力を混在させたフランク作品も味わい深い。
ピアノフォルテをまるでチェンバロのように弾き込んだ驚きのバッハ演奏。10年程前に『ヴェデルニコフの芸術』としてシリーズ発売されたうちの一枚で、バジェット・プライスで再発された。マスターはモスクワ放送のモノラル音源だが鑑賞には十分なクォリティ。
膨大な『ロシア・ピアニズムの系譜』からの再発。得意としたベートーヴェンの、29番のスケールの大きさは素晴らしく、なかでも第3楽章の緊張感の持続と引き締まったロマンティシズムは最大の聴きどころだ。しかし第1番での造形美は、真の実力を見せつけられる。
ヴェデルニコフの演奏は、“音楽”の深みへ垂直に降りてゆく行為だ。推進力を生むリズムの冴え、ダイナミズムの幅やキャラクターを弾き分けるパレットの広さ、ここではそういった圧倒的なメカニックは純粋に音楽に奉仕することのみに活かされ、邪魔になることがない。★
すばらしい。鍛え抜かれたテクニックにはまったく隙がない。きわめて知的で均整のとれた音楽は、たとえようもないほどに美しくて深い。32番のアダージョ……余分な表情を削ぎ落としたエッセンスだけの世界。もう叶わない願いだが、ライヴを聴きたかった。★
驚くべきピアノである。響きを隅々までクリアに保ち、情の陰影に耽溺したり、幻想のうちに個々の音の関係を曖昧にしたりすることがない。しかも音の表情は常に凛とした生彩に満ちており、居住まいを正しつつもホレボレと聴き入ってしまう。無二の名演集。★
ロシアに残る大ピアニストの系譜とは、ソビエト体制が生んだ大きな贈りものかもしれない。生前、国外に知られることのなかったヴェデルニコフもその一人。多彩なタッチと堅固で明確な構成力を持ち味としたこのピアニストの類まれな感性の強大さがドビュッシーに現れる。