著者 : 辻内智貴
中年作家の竜二は三年前に帰郷。過去の作品の印税で、ネコと一緒にのん気なその日暮らし。静かな毎日だが、竜二の目には数々の人間ドラマが映る。コンビニで出会った女の、笑顔の裏にある秘密。休業中の店への客からのアツい落書き。時に切なく、時に思いやりに溢れた一つひとつの出来事に、想いを巡らす。だが転機は訪れ…(「A DAY」より)ほんのりと人の心を浮き彫りにする作品集。
仕事中心に生きている宇田川勇一は、父・総太郎が病に倒れたことを知る。妻、そして心を閉ざしてしまった息子とともに急ぎ故郷・広島へ帰省するが、脳死状態と医者に告げられた変わり果てた父の姿に絶句する。一方で、実家の部屋が纏う空気や呼吸のリズムは、勇一のなかに新鮮な風を起こし始める。ミシミシいわせながら昇る階段。黒光りする廊下の板。ガラガラと懐かしい音を立てる古い引き戸。両開きの窓から入り込む蝉の鳴き声。午後の風に微ぐ柿の葉。「鳥はええぞお。わしは今度は鳥に生まれてくるけえの」そういっていた父の言葉がふと胸にのぼる。
いまはもう寂れてしまった国道沿いの一軒のドライブイン。そこで、僕は、ただ純粋に不器用に生きる青年セイジに出会う。「人間って何だ」「人生っていったい何だ」-そんなことを考えながらも気のおけない仲間たちと楽しく過ごしていたある日、目の前で奇蹟は起こった。文壇を騒然とさせた話題作。太宰治賞作家の原点とも言うべき名作。「竜二」を併せて収録した。
福岡・飯塚の炭坑町。私の小学生時代、町で知らないものはいないひとりの悪童がいた。その少年、信さんは、内向的で漫画を読むことが唯一の楽しみだった私を、ある日、いじめから助けてくれた。直後、その場を偶然通りかかった私の母は、誰もが恐れる信さんに微笑みかけた。その日から、信さんと私はいつも一緒だった。昆虫の群れる樹木の在りかから、鉄人28号の似顔絵まで、信さんは様々なことを教えてくれる遊びの天才でもあった。しかし、そんな日々も長くは続かなかったー。人生という名の野っ原を全力で駈けた少年が、いた。心に青く沁みる、名もなき魂の物語。
亡くなった夫が、繰り返し話していた故郷の町。遺された妻は、夫が世話になった「その人」に会って、一言お礼を言おうと旅立った。彼女がそこで見たものは…。『セイジ』で多くの読者を感動させた作者の最新作品集。モノローグで語られる三つのバラードは、しみじみと心にしみわたる。