伊豆の街道
「先生が憎い。-こんなに、わたし好きになってゐるのに、本当に解つてくれないッ。」と、花枝は、髪の乱れた額で、先方の胸倉をこづくようであつた。「そんなことがあるものか。重々、ありがたいと思つてゐる。」-小田原の物置部屋で作家活動をする竹七と、夫が書いた作品を見てもらうため、ときおり竹七の元を訪れていた花枝。うだつの上がらない初老の作家と、2人の子を持つ25歳の人妻が、いつしか互いに離れられない関係になりー。前後して発表された『抹香町』とともに著者の出世作となった、これぞ私小説といえる逸作。