菜飯屋春秋
暖簾も看板もない「菜飯屋」。街の片隅に佇む店は、過去との訣別をした女店主を象徴するかのように温かく、少し寂しい。「菜飯屋」の春秋を人との出会いと別れ、孤立と自立になぞらえたように描いている。こころの錘を静かにそっと呑み込みながら、揺れ動く自己と他者を見つめた作品。弱さが人を包み込む優しさに変わる時、人は人を慈しむ心を知るのだろう。ここに綴られているのは人との出会いと縁を育むたましいの処方箋。
離婚を機に自立していく女性を淡々と、そして時に激情する胸の内を、静かに描いた『菜飯屋春秋』。初出は魚住陽子個人誌『花眼』(2006年〜2011年)にて連載した作品。それを加筆修正し、再編集した単行本。見えているものだけがすべてではなく、ある一つの側面であることに気づかされる。気づく時には瞬時にして気づかされてしまう人の思いやその関係性、誰のもとにもある日常を魚住陽子は流れる映像のように描き出す。