2020年9月7日発売
fishyfishy
友愛でも共感でもなく、この刹那に集う女たち。作家志望のライター美玖、共働きで女性誌の編集をつづける弓子、インテリアデザイナーのユリ。都内きってのナンパ街となった銀座のコリドーで、三人は互いのプライベートに踏み込まない距離感を保ちながら、この場かぎりの「ともだち」として付き合いをつづけている。気ままな飲みともだちに見えるが、彼女たちが抱える虚無は、仕事でもプライベートでも、それぞれに深い。結婚したばかりの男に思いを寄せ、不倫によって日常が一変する美玖。サレ妻となった弓子は、夫の監視に疲弊しながら仕事と家庭と自尊心を守ることに必死だ。ユリの生活はリア充に映るが、まったく不透明で真実を見通すことができない。愚かしく、狂おしく、密やかにーー彼女たちの日常にひそむ罠と闇と微かな光。女性の生き辛さと新たな連帯をを鮮やかに切りとる著者の到達点。
鎌倉山奇譚 水琴窟の館鎌倉山奇譚 水琴窟の館
知らないのは、人間だけー。どのくらい時間が経ったか分からなかったけど、急に目が覚めた。何かを聞いたのだ。ガラス戸からの薄明かりの中で、息を殺して聞くと、確かにカローン、カローンという音がはっきり聞こえた。「何、これ」と、寝たまま、天井に向かって小さな声で言ってしまった。「うん、何だろう」トトの声が斜め上から聞こえ、彼がすでに窓際に立って外を見ているのが分かった。音はだんだん大きくなり、違う音も混ざってくるような気がした。絶対にこの家の中から聞こえると思った。
PREV1NEXT