著者 : 丸谷才一
日本でスーパーマーケットを経営しつつ、台湾の独立を目指す団体の代表を務める洪が、突然仲間を裏切り、台湾に戻ったという。友人の画商・梨田はその理由を探ろうとするが、確たる事情はつかめない。そんななか、洪の日本人妻が、衝撃的な話をもってきて…。洪と対立する中華民国の高官、梨田の元上官、無政府主義者のスーパーマーケット店長などさまざまな背景を持つ人が「国家論」をぶつけ合う。圧倒的な筆力で綴られた長編の完結編。
さまざまな背景を持つ人物が「国家」を語る。陸軍幼年学校をドロップアウトした経験を持つ画商の梨田と、その友人でスーパーマーケットの経営者でありながら台湾民主共和国(台湾独立を目指す団体)の大統領・洪、洪の部下ながらアナーキストを自認する林ら、置かれた立場や政治的信条が異なる男女が、国旗や国歌、民主主義について、ときには酒を酌み交わしながら、ときには寝物語として縦横無尽に語り合う。-日本の陸軍は非合理主義にどつぷり漬かつてゐる団体で、この団体の信条とするところはナポレオンのものの考え方とまつたく対立するものではないか。あの小さなコルシカ人ならば、歩兵操典に書いてあらうが、軍人勅諭にあらうが、そんなものは旧套にすぎず死んだ文字にすぎないとして、平気で投げ捨て、すばやく現実の必要に対応するだらう。-独特の歴史的仮名遣いでつづられた、渾身の長編の前編。
アイルランド中流階級の長男として生まれた主人公スティーヴン・ディーダラス。藝術家に憧れた彼の幼年時代からアイルランドを離れるまでの魂の軌跡を、彼の言語意識に沿って描いたモダニズムの代表的傑作。1、イエズス会系学校での寄宿生活。2、一家の没落、転学、娼婦…。3、犯した罪の意識と懺悔。4、贖罪、聖職を選ぶ葛藤。5、藝術家として飛翔の決意。
元経団連会長にして旧財閥系企業の名誉顧問である梶井は、80年代初め、NYで不遇をかこっていたころ、ジュリアード音楽院に通う日本人学生たちと知りあう。そして彼らが結成した弦楽四重奏団に「ブルー・フジ・クワルテット」と命名。やがて世界有数のカルテットに成長した四人のあいだにはさまざまなもめごとが起こりはじめるが、その俗な営み、人間の哀れさを糧にするかのように、奏でられる音楽はいよいよ美しく、いよいよ深みを増してゆくー。
女性国文学者・杉安佐子は『源氏物語』には「輝く日の宮」という巻があったと考えていた。水を扱う会社に勤める長良との恋に悩みながら、安佐子は幻の一帖の謎を追い、研究者としても成長していく。文芸批評や翻訳など丸谷文学のエッセンスが注ぎ込まれ、章ごとに変わる文章のスタイルでも話題を呼んだ、傑作長編小説。朝日賞・泉鏡花賞受賞作。
さえない中年会計係のぼくと若い恋人のケアリーは、つましい結婚式を計画していた。ところが、勤め先の有力者の気まぐれな勧めにさからえず、高級リゾートのモンテ・カルロで式をあげることに。市長立会いの挙式、美しい海、そして豪華ヨットが待つ港町へむかったぼくたちはしかし、ギャンブルをめぐる不器用な愛のすれちがいにはまりこむー丸谷才一の名訳で贈る巨匠の異色恋愛喜劇。著作リスト・年譜を収録した保存版。
午後十時、ブルームは国立産婦人科病院に立ち寄り、談話室の宴会で、出産を芸術家の創造にたとえるスティーヴンに注目する。男子出産とともに舞台は酒場から夜の町へ。途中、電車に轢かれそうになったブルームは、幻覚に襲われる。やがてスティーヴンにも幻覚が現れ、母の亡霊を見てシャンデリアを叩き割る。ブルームは、スティーヴンを介抱しながら、その姿に死んだ息子ルーディを重ねる。(第14挿話、第15挿話)。
ブルームは、馭者溜り(喫茶店)へスティーヴンを連れて行き、モリーの写真を見せて紹介する。午前二時、二人は音楽談義に興じながら、ブルームの家に向かい、ココアを飲んで、別れる。ブルームが眠りについた後、モリーは考える。Yesで始まる長い回想と独白は、やがてこれまでの人生、自分が知る限りのブルームの人生におよんで行き、ブルームを許しつつも多義的で混沌としたYesで閉じられる。(第16挿話〜第18挿話)。
国立図書館の一室で、スティーヴンは、文学者たちを相手に『ハムレット』論を展開する。一方、ブルームは食事をとりながら、モリーの情事を想像して苦悩する。酒場で、ユダヤ人嫌いの「市民」と口論した後、朝スティーヴンが歩いた浜辺にやってきたブルームは、若い娘ガーティの下着に欲情し、モリー、娘ミリーについて、思いをめぐらす。時刻は、午後9時になろうとしている。
出向を拒否して通産省をとび出し民間会社に就職した馬淵英介は若いモデルと再婚する。殺人の刑期を終えた妻の祖母が同居し始めたことから、新家庭はとめどなく奇妙な方向へ傾き、ついに周囲の登場人物がそれぞれ勝手な「反乱」を企てるに到る。-現代的な都会の風俗を背景に、市民社会と個人の関係を知的ユーモアたっぷりに描いた現代の名作。谷崎潤一郎賞受賞。
ジョイス文学の輝かしき頂点であり、二十世紀文学の偉大な指針でもある、『ユリシーズ』の新訳決定版。ダブリン。1904年6月16日。それはダブリンにとってはありふれた一日だったが、ふたりの中心人物にとっては平穏無事な日ではなかった。22歳の文学志望の青年スティーヴンと、新聞社の広告とりである38歳のユダヤ人ブルーム。彼らはダブリンのなかを歩きつづける。まだ親しくはならずに。第1挿話「テレマコス」から第10挿話「さまよう岩々」まで。
美しい女主人公・南弓子は、大新聞の論説委員。書いたコラムがもとで政府から圧力がかかり、論説委員を追われそうになる。弓子は、恋人の大学教授、友人、家族を総動員して反撃に出るが、はたして功を奏するか。大新聞と政府と女性論説委員の攻防をつぶさに描き、騒然たる話題を呼んだベストセラー。
中年の独身画商梨田は、地下鉄の長いエスカレーターを昇っていくとき、降りてくる側に、知り合ったばかりの若い美貌の未亡人を認めて、咄嗟に逆乗りをし、彼女を伴って“台湾民主共和国”準備政府の大統領就任パーティに出席するが…。水際立った発端、スリリングな展開、最上のユーモアとエロティシズム。練達の著者が趣向の限りを尽して国家とは何かを問いかける注目の純文学巨編。
父と、黒川先生とが、あの日道後の茶店で行き会った、酒飲みの乞食坊主は、山頭火だったのではなかろうか。横しぐれ、たった一つのその言葉に感嘆して、不意に雨中に出て行ったその男を追跡しているうちに、父の、家族の、「わたし」の、思いがけない過去の姿が立ち現れてくる。小説的趣向に存分にこらした名篇「横しぐれ」ほか、丸谷才一独特の世界を展開した短篇三作を収録。