1954年にも「マンボ・イタリアーノ」をヒットさせている彼女が、ペレス・プラードと組んでラテン・サウンドに挑戦した異色作。何を歌っても一流の作品に仕上げてしまうあたりは、天性の才能としか言いようがない。