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もしあなたが目を凝らし、耳をすましてみれば、 そこには二度と繰り返されない「生」のゆらめきがあるーー。 寺尾紗穂、伊賀航、あだち麗三郎からなるバンド「冬にわかれて」。 待望のサードアルバム『flow』が完成。 昨年2022年にリリースしたオリジナル・アルバム『余白のメロディ』で、 唯一無二のシンガー・ソングライターとしての評価を確立しますますその活動に注目が集まる、寺尾紗穂。 細野晴臣を始め、数多くのミュージシャンから絶対的な信頼を置かれる稀代のベーシスト、伊賀航。 そして、自身名義での幅広い創作から、片想いなど様々なバンド/プロジェクトで活動する鬼才ドラマー/音楽家、あだち麗三郎。 そんな三者による「冬にわかれて」は、これまでに『なんにもいらない』(2018年)、とセカンドアルバム『タンデム』(2020年)を発表し、 個性あふれるトリオバンドとして作を追うごとにその表現を深めてきた。本作『flow』で、彼らの挑戦的なソングライティング/アンサンブルは 過去最高のレベルに達し、一つの「バンド」としてますます紐帯を強めたといえる。各メンバーが持ち寄った個性豊かな楽曲は、 三者間の熱を帯びたコミュニケーションと当意即妙のレコーディングを経て、全く例をみない形に仕上げられた。 前作アルバムの名を継ぐまろやかなインスト「tandem2」をはじめ、妖しくも軽やかな色香の漂うワルツ「水面の天使」、 エレクトロニカ+アンビエントポップ的な音像に彩られた「snow snow」など、ソングライター/サウンドクリエイターとしての伊賀航は、 その独自のセンスをますます深化させた。あだち麗三郎は、MPB〜ネオフィルクローレの薫りをまとった「船を漕ぐ人」、「醒」、 ドライブ感溢れるプログレッシブポップ「もしも海」で、より一層自由な曲想に挑戦している。また、あがた森魚の「昭和柔侠伝の唄」、 モンゴル民謡「可愛い栗毛」の斬新なカヴァーも光る。そして、寺尾紗穂が持ち寄った2つの曲が、本作の全体に力強い生命を吹き込んでいく。 時の神権政治を厳しく批判し民衆を熱狂させた15世紀フィレンツェの修道士ジロラモ・サヴォナローラにインスピレーションを得て書かれたという 「Gilolamo」は、歴史と「今」をつなぎとめる彼女の鋭い社会意識が鮮烈な形で刻まれている。 アルバムを締めくくる「朝焼け」は、数限りない名曲を持つ彼女のキャリアにおいても指折りの、実に感動的な曲だ。 「流れ」を意味する、タイトルの「flow」。このアルバムを聴くと、その題通り流麗でダイナミックな、流れる水に身を浸すような感覚を覚える。 しかし、その「流れ」は、決してただ心地よさを誘い、去っていくものではない。静かに形を変える水面。滑るように飛びゆく鳥たち。 移り去っていく季節。流れていく私達の「生」。目を凝らし、耳をすましてみれば、そこには二度とは繰り返されない彩があり、 襞(ひだ)があるはずなのだ。 ー 柴崎祐二 2023/05/24 発売