小説むすび | 著者 : ジャン・ジオノ

著者 : ジャン・ジオノ

メルヴィルに挨拶するためにメルヴィルに挨拶するために

『白鯨』の仏語訳者ジオノによる評伝的小説 『メルヴィルに挨拶するために Pour saluer Melville』と 『逃亡者 Le Déserteur』の舞台は外国である。 『白鯨』の作者が生まれた米国という外国、『逃亡者』ではフランス人の主人公が スイスという外国へ亡命し、そこで画家としての生涯を過ごす物語である。 『メルヴィルに挨拶するために』は『白鯨』の仏語訳をリュシアン・ジャックとともに 完成したジオノが、その序文として書いた作品である。自著の出版交渉のために訪れたロンドンの出版社はメルヴィルの条件すべてを了承した。旅の道中、二週間、メルヴィルは行き当たりばったりに歩き回るのだか、途中、偶然にもアデリーナ・ホワイトという女性と出会い、両者は互いに相手に対し、不可思議とも形容できる精神的な友情を覚える。その精神感応に満ちた神秘的な時を過ごすも、またすぐに別れることとなったメルヴィルは『白鯨』を、彼女のために全身全霊を込めて書くのだった。しかしアデリーナがその作品を読むことはついになかったのである。 作品中の作家メルヴィルのなかに、人見知りの激しい人間でありながら、機が熟すると文学に没入するというジオノ自身の性格が投入されているのである。この作品はジオノの最高傑作の一つでもある。 『逃亡者』では、主人公の画家が、それまで所属していた社会から、経緯は一切不明ではあるものの逃亡することとなり、祖国フランスからも脱出しスイスに潜入することとなる。逃亡者としての主人公を、ある地方長官が保護することとなり、生活の場と食糧が提供される。主人公は絵の才能を持ち合わせていた。彼は長官の奥さんを描くことによって感謝の気持を表現するのだった。 小説家にしても画家にしても、芸術家は世俗の富や名声とはほぼ無関係であると考えていたジオノにして作り出されたであろう作品である。事実を単になぞることが体質的にできなかったジオノは、実在の芸術家の伝記を書こうとしても、自分自身の姿をほぼ必然に作家や芸術家に投入してしまうことになるのである。

蛇座蛇座

ジオノ最大の関心事であった、羊と羊飼いを扱う 『蛇座 Le serpent d'étoiles』、 そして彼が生まれ育った町について愛着をこめて書いた 『高原の町マノスク Manosque-des-Plateaux』を収める。 見習いの羊飼い、そして羊飼いたちを率いた親方。 羊飼いたちは年に一度、マルフガス高原に集まり、演劇のようなものを 上演する。海や山や河や風などに扮した羊飼いが壮大なドラマを演じる のである。題名『蛇座』は松明で煌々と照らされた広場で行われる夜を 上空から見守っている星座「美しくねじれた蛇座」から取られている。 モンドールの丘、デュランス河、ヴァランソル高原、アッス渓谷、 地元の人々…。ラルグ川で溺れそうになった娘との会話や村の公証人宅 での食事風景など、自然や人間についての描写がせまる。 その想像力を奔放に発揮したジオノが、空想の「マノスク」を語る のである。創作の準備倉庫とでも形容できる地元マノスクの内と外が 入念に紹介されるのが『高原の町マノスク』だ。 作家ジオノの懐をうかがうように読み進めることができる作品である。

大群大群

出版社

彩流社

発売日

2021年3月3日 発売

ジャンル

ジオノによる唯一の反戦小説。 ヴァランソル高原を通過する羊の群れ。 羊の群れ(Troupeau)と兵士の群れ(Troupe)。 ジオノはフランス人の生活にとり、きわめて重要な「羊」の群れを 冒頭に登場させることによって、この作品に象徴的な意味を注ぎ込んでいる。 若者たちは戦争に出征していった。物語のなかで血なまぐさい 戦闘そのものが描写されることはない。 致命傷を負い瀕死の状態にある戦友を見守る兵士。 ドイツ軍が撃ってくる弾丸を塹壕のなかで避けている兵士。 妻からの手紙を読む兵士。死んだ赤ちゃんを齧っている豚に短刀を 突き刺し、豚と格闘する兵士。羊の群れのなかの もう動けなくなっていた子羊を預けていた老羊飼いがその子羊を 受け取りにアルルからやってくる。折しも赤ちゃんが生まれ、 ヴァランソル高原にも生命の兆しが感じられるようになっていく。 正義や平和のための戦争はありえない。戦争はいったん始まって しまうと、止められない。戦争は戦闘に参加する兵士たちだけでなく、 銃後を守る女や老人・子供にも悲惨さしかもたらさないことを、 この作品は雄弁に語っている。

二番草二番草

再生の物語 男と女の再生、農業の復活、廃墟同然だった村の復興の物語…… 小川の流れとひとりの女の魔術と力強い犂(すき)が この再生の物語を支えている。 本作は、「牧神三部作」構成となっていた 第1作『丘』、第2作『ボミューニュの男』に続く、 第3作目の作品である。 再生の鍵を握っていたのは鍛冶屋ゴーベールが作った犂であった。 農業をはじめるには犂が必要不可欠だからである。 また、パンチュルルが農業に目覚めるにはアルスュールとの 出会いと彼女の助言が必要だった。 パンチュルルが滝に流れ落ちることによってはじめて パンチュルルはアルスュールとじかに知り合うことができた。 水もまた重要な役割を担っているということが了解される。 滝から流れ落ちたパンチュルルは、 今では頑丈な樹木と形容するに足るだけの男に変身している。 パンチュルルの方にアルスュールが誘導されていったのは、 マメッシュが演じた「樹木」のおかげである。 水と樹木と犂とひとりの女の魔術によって この再生の物語は完成することができたのである。

憐憫の孤独憐憫の孤独

出版社

彩流社

発売日

2016年3月7日 発売

ジャンル

『憐憫の孤独』は二十の中・短編で構成されている。物語もあればエッセイもある。 初期「牧神三部作」(『丘』『ボミューニュの男』『二番草』)のあとに書かれた作品で、ジオノ文学の重要な要素が見事に凝縮された内容豊かな傑作である。 これ以降に出版される多種多様な作品群を予告するような物語が多く含まれており、 ジオノ文学の扇の要にたとえられるような作品だといえよう。 (1)憐憫の孤独[放浪者の物語] (2)牧神の前奏曲[鳩をひとりの男が助ける物語] (3)畑[妻の心が自分から別の男に移って しまったので、家を出て見知らぬ土地で畑を開墾して 暮らしている男の物語] (4)イヴァン・イヴァノヴィチ・コシアコフ [第一次大戦中、ジオノとロシア人が見張役を 務めることになり、言葉が通じないにも関わらず 心が通い合うようになる物語] (5)手[盲人がすべてを手で確かめる物語] (6)アネットあるいは家族のもめごと [孤児が21歳になり孤児院から出て働きはじめ、 おばさんが雇い主を表敬訪問する] (7)道端 [メキシコに行ったことがある男の妄想を聞く] (8)ジョフロワ・ドゥ・ラ・モッサン [買取った果樹園の木を抜こうとしたところ、 売った男が情熱の注がれた桃の木を引き抜くなら 殺すぞと脅し、注意されると男は自殺する といって騒動を引き起こす] (9)フィレモン[豚の屠殺を生業とする男が、 娘の結婚式の間際に豚を殺さざるをえなくなり、 殺し処理する物語] (10)ジョズレ [太陽を食べるという妄想を語る男の物語] (11)シルヴィ[男に捨てられ田舎に帰ってきた シルヴィは男への未練を捨てられない。シルヴィを 素朴な青年が見守る物語] (12)バボー[自殺した青年の様子を女が語る物語] (13)羊[樹木の気持になりきることができる男が、 樹木や風景などについて語る物語] (14)伐採人たちの故郷[農場にはどこでも糸杉が 植えられているが、糸杉が音楽を奏でるという物語] (15)大きな垣根[襲われた野ウサギからカラスを 追い払ったが、野ウサギは怖がっているのが分かった。 人間と動物のあいだには垣根がある] (16)パリ解体[大都会に未来はないという物語] (17)磁気[自然のなかに放り出されても 生きていける男とはどういう人間なのかを考える] (18)大地の恐怖[生きていることが不安なため さまよい歩く男] (19)漂流する筏[山の中には無人島のような 暮らしをしている住人がいる。そこでは非人間的なこと が時として行われている] (20)世界の歌[世界の歌が聞こえてくる作品を 書きたい。その必要があるという主張]

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