著者 : 井上祐美子
半神とはいえ、顕聖二郎真君の寿命は二千年の時を刻んでいる。その気になればどんな絶世の美女、仙女でも思いのままになる天界の神が翠心を妻に迎えると決めた。魏徴と裴氏の仲立ちで納采をすませたが、彼の行動はどこか荒んでいた。その頃、離宮の造宮と後宮の増員で遊興を重ねる大唐の二代皇帝・李世民は泰山封禅の意向をもらした。中華を統一し皇帝の位を天に祀る報告をする儀式で、秦の始皇帝以来だれひとりこの念願を達成したものはいない。唐の星辰に風雲あり。そこに“大逆”の気配を読むものがあった。傑作巨篇。
宋の都・開封で、包希仁は白載星と名のる少年とともに双剣舞の花形芸人の花娘こと陶宝春を暴漢から救った。が、その夜、彼女の祖父・陶老は「陶」ということばを残して遺体とともに忽然と消えた。さらに花娘の双剣の皮鞘に隠されていた紙片には、陶淵明の「桃花源記」が書かれていた。桃の花につつまれた仙境の物語である。白載星は実は今上帝の子で、劉皇后と宦官一派の陰謀で母の李妃は追放され、刺客の殷玉堂から命を狙われていた。桃花源の謎と母を捜す三人の旅がはじまったが…。華麗な筆が舞う武侠冒険の第二弾。
元宵すなわち正月15日の夜は、「都鄙を通じて家ごとに意匠を凝らし巧緻を極めた燈篭を無数に懸け連ね、月明と光を争ふその火影を追うて今日を晴れと着飾った子女老若が夜もすがら歌ひ且つ踊って暁に及ぶ」(石田幹之助)という。羅綺街に満ち塵土香わしいなかを二郎真君もまたひとりの佳人を連れて観燈を楽しんでいた。鴛鴦の好一対。そこへ小珊という平康坊の妓女が声をかけてきた。束の間の立ち話の後、二郎が追うと佳人の姿はなかった。翠心が消えた。意中の女を追って冥界へ旅立つ二郎の前に何が?会心の第5弾。
河上の花都・開封。春3月の空に客を引く大道芸一座の声が響いていた。「さあさ、都で今、評判の、舞剣の花娘の双剣だ。こんな見物は、めったに見られぬ。ご用とお急ぎでない方はとくとごろうじろ…」。緑の毛氈の中央に立つのは、ひとりの少女だった。風を切り、左右交差する真剣の刃。固唾をのんで見守る観衆のなかから紋身の酔漢が襲ってきた。そのとき、正体不明の白面郎と白載星と名乗る若者が、彼女を救った。数奇な運命の糸が回わりはじめる、これが第一歩であった。新星・井上祐美子が放つ新シリーズ巨篇。
虚の中に、その人影はあった。長い黒髪に白磁に似たほそい肩、さやさやと絹ずれの音を放つ美貌の漢こそ、恐るべき炎帝の復活の姿であった。「長安に火を放つ」彼は冷やかに命を下した。西方の拝火教の寺院・〓(よう)祠にはじまって、太極宮内を紅蓮に染める。そして地上の霊気を一身にあつめて天界へ昇り、玉帝を倒すことが、真の狙いであった。顕聖二郎真君は多くの天兵を傷つけ、万里の馬をうばって下界へと出奔し、玉帝の怒りに触れたことを彼は承知していた。向かう所に敵なし!天界と地上は炎帝の掌中に落ちるのか-。
長安城内の歓楽街・平康坊に入り浸る顕聖二郎真君。天上世界を統べる玉皇大帝陛下の甥御さま、金闕雲宮を守護する禁軍の総帥たる御身さまが…と相変らず東方朔が心にもない説教をくりかえすある日、魏徴は衛国公・李靖と秘書省の李淳風を訪れた。星辰の図を示した李淳風は「命を革むる。天が、他者をもって李氏を易えようとしております」と告げた。驚天動地、太宗・李世民の世が何者かに覆えされようとしている。現王朝滅亡の不吉な予言であった。シリーズ第3弾を2篇に分けて贈る、井上祐美子が雄渾に描く巨篇。
春酣の宵、二郎は悪夢に悩まされた。夢の中の決闘で不覚をとったのだ。三尖刀の斬撃をかわした者は、五指と充たぬのに。その天敵は何者か?さらに意中の女玉蘭花までが遠ざかってゆく…。そんな不穏な夢を見抜いたのは、黄塵舞う城内・東の市で、二郎がごろつきから救った琵琶占いの妖艶な美女だった。この出会いが、夢魔の底なしの淵へ誘う機縁になろうとは。期待の彗星が放つ待望作。
隆盛を極める大都・長安城内から天にむけて立ちのぼる霧のような妖気を感じる一人の風来坊があった。埃まみれの胡服を身につけ、伝法な態度。炯と底光りする眼の精悍な漢。しかし、どこか貴公子の微行姿に見えなくもない。妓楼の中でも誇る紅花楼に登ると、漢は捜していた人物と対面を果した。相手は唐朝の重臣、太宗李世民の片腕として世にかくれもない諌議大夫・魏徴であった。この奇妙な取り合わせ-漢は一体何者か?そして魏徴の口から語られた恐るべき呪詛の陰謀とは?瞠目の彗星が放つ書下し傑作。
世間知らずの母親・香織さんのひとこえであたし、海の見える、バラ園つきのボロ屋敷に住むハメに…。そこであった和之さんは、とっても鋭くて、どこか透明な眼をしていた。