著者 : 和田芳恵
第50回直木賞を受賞した単行本『塵の中』は、「道祖神幕」「暗い血」「強い女」、そして「塵の中」という4篇からなる。選考委員のあいだでとくに評価が高かったのは、安藤広重の浮世絵を巡って張り合う男女の機微を描いた「道祖神幕」で、4作品中唯一の書き下ろし。また、外国人とのあいだにできた子を育てる蝶子が、数々の不運に見舞われつつたくましく生きていく「強い女」は、「老猿」として雑誌に掲載され、直木賞候補にあげられている。表題作の「塵の中」は、吉原の遊女だった咲子が、普通の幸せを求めて、妻に先立たれた男と所帯を持つものの、夫婦関係や夫の連れ子との関係が思うに任せないもどかしさを描いた中篇。その前半が「露草」として雑誌に掲載され直木賞候補に、後半は「塵の中」として芥川賞候補になっている。女の情念を描きながら、その実著者の半生を映した私小説でもある珠玉の一冊。
「わたし、ちっとも、後悔はしておりません。…じっと耐えて、先生との恋のために、どこまでも、戦い抜いて行きます。もし、この恋が実をむすばなかったとしても…」大阪・堺で和菓子店を営む家に生まれた鳳晶子。幼い頃から文学に親しんでいた少女は、やがて短歌の世界にのめり込み、入会した関西青年文学会でみずみずしい歌を披露するようになる。与謝野鉄幹が主宰する「明星」にも投稿していた晶子は、ある宴席で初めて鉄幹と会い、その人間的魅力の虜に。そして妻子のある身だとは知りながら、鉄幹の元に押しかけてゆきー。恋に生き、歌に生きた“情熱の歌人”与謝野晶子の生涯を、“伝記の名手”和田芳恵が生き生きと描く。
大正時代の北海道を舞台に、貧しい家庭に育った“私”が、少年から青年になるまでの紆余曲折を描いた自伝的小説。幼いころからひそかに恋心を抱いていた「姉や」のシモがなぜか家を出ていき、やがて父の子を出産する。ショックでしばらく疎遠になっていたが、やはり気持ちが抑えられずに会いに行くと、シモは“私”を心身ともに受け入れてくれるー。“私”と家族の性生活や厳しい暮らしを、赤裸々に、かつ独特の歯切れのいい筆致で綴る傑作長編。第9回日本文学大賞受賞作。
片隈に生きる職人の密かな誇りと覚悟を顕影する「冬の声」。不作のため娼妓となった女への暖かな眼差し「おまんが紅」。一葉研究史の画期的労作『一葉の日記』の著者和田芳恵の、晩年の読売文学賞受賞作「接木の台」、著者の名品中の名品・川端康成賞受賞の短篇「雪女」など代表作十四篇を収録。