著者 : J・ロバート・レノン
J・ロバート・レノン氏は、アメリカ・コーネル大学で教鞭をとる教授でありながら、精力的に創作活動を続ける現役作家である。これまでに数々の長編小説と短篇集を発表し、その独自の文体と鋭い洞察力によって、アメリカ文学界で高い評価を受けてきた。今回、私が翻訳を手がけたのはレノン氏の3作目の短編集 Let Me Think(2021)である。71編の作品が収められたこの短編集は、原著において1頁19頁の掌編であるが、どの作品も、日常の中に潜む不条理な真実を機知に富んだユーモラスな文体で描き出している。 レノン氏の物語の魅力は、平易でありながらも奥行きのある文章にある。登場人物たちは、誰もが共感できる「ごく普通の人々」であるが、その行動や思考の背後には、人間関係のもつれや、現実と意識の間に広がる深い闇が見え隠れする。 レノン氏の前作の短編集 See You in Paradise(2014)では、14編の作品が「いま・ここ」とは異なる時空との接触を描き、読者を幻想と現実の狭間へと誘った。本作Let Me Thinkにおいても、レノン文学の核心である「多層的な現実」が、軽妙な語りと奇抜な発想によって鮮やかに描き出されている。 今回の短編集は、一見、無意味に思える短文の寄せ集めのように見えるが、読み進めるほどに、私たちの生きる現実が決して一様ではなく、無数の意識の集積であることに気づかされる。氏の作品は、単なる娯楽作品ではなく、私たちが生きるもう一つの現実を照らす「一つの思考実験」である。そのことは、日本を代表する翻訳家・柴田元幸氏が、レノン氏の作品をいくつか紹介されていることからも覗える。氏の文学的価値は高く、アメリカ文学史に名を刻む現代作家の一人であることは間違いない。 私は2022年9月、レノン氏が勤務するコーネル大学を訪問し、学部生、大学院生、教授陣に向けてLet Me Thinkの日本語翻訳の意義を解説してきた。その場には、世界的な文学理論家で、現在、コーネル大学名誉教授であるジョナサン・カラー氏も同席されており、カラー氏も、レノン氏の作品を激賞されていた。カラー教授からは、レノン氏の作品を翻訳する私の仕事に対して心のこもった励ましの言葉をいただいた。カラー氏の激励を裏切ることのないよう、これからもレノン氏の作品を日本の読者に届けていきたい。
本書は、現在米国で活躍中の小説家、J. ロバート・レノン著 Pieces for the Left Hand: 100 Anecdotes の全訳である。本書は全7章から構成されており、1頁から3頁程度の掌編100編が所収されている。そのほとんどが本邦初訳であるだけでなく、一冊の図書としては、J. ロバート・レノン氏を初めて日本に紹介するものである。 序文 第一章 地方と都市 廃道 選挙 最新ニュース 要求 開店 模倣者たち ふつうの生活 ライバル 乗り越えよ 落ち着き 静寂 パイプライン 木の葉 第二章 謎と混乱 近道 目撃者 入れ替わり 腕時計 下線の引かれた頁 マリア像 侵入者 トリック 危機 夕陽 慣れ親しんだ物体 指 いかにも現実にありそうな 明晰夢 聖母マリア 双子 迂回路 哺乳瓶 アジサイ 夢解釈 第三章 嘘と非難 原稿 ベルト式研磨機 女優のペット 正義 遭遇 手紙 以前の車 もう少しで 財宝 箪笥 セメント製郵便受け キリストを信じよ ケビン テロリスト 道順 距離 第四章 仕事と金 六十ドル 豚肉 道具 最後の食事 知り過ぎて 専門家 軍服 技術者 金がすべてではない 第五章 親と子ども 喪失 通夜 妊娠 母親 父親 息子 違い デニムタッチ ネズミ 紅茶 耳の不自由な子がいます 枝 キス クーポン 第六章 芸術家と大学教授 インターラーケンの方尖塔 修道女 低い身長 概念芸術 二人の教授 空洞の扉 ペテン師 マイクワールド 隕石 左利き 第七章 運命と狂気 場面 猿 名前 おかしな人たち 新しい埋葬 公案 防空壕 ひらめき 毎晩ロックの生演奏 覚悟 綴り たたみ魔 妄想 起きそうにない 煙 花束 相続 簡潔 訳者あとがき