雨の下でにわか農夫はじっと息を殺し、晴れれば嬉々として田んぼへ飛び出す。大宇陀の山は今日も神武が詠い、祖霊が集い、獣や鳥や地虫たちが声高く啼き合う。始まりも終わりもない、果てしない人間の物思いと、天と地と、生命のポリフォニー。
東京の大学を出て関西の大手メーカーに就職し、奈良県は大宇陀の旧家の婿養子となった伊佐夫。特筆すべきことは何もない田舎の暮らしが、ほんとうは薄氷を踏むように脆いものであったのは、夫のせいか、妻のせいか。その妻を交通事故で失い、古希を迎えた伊佐夫は、残された棚田で黙々と米をつくる。 2016/11/25 発売