柳絮舞い散る北京に生きた証
「母に会ってください。わたしの母は日本人です」
夫の転勤に伴い赴いた北京で大学の日本語教師をしていた私に、見知らぬ男性が話しかけてきた。なぜか無関係ではいられない気がして、その男性に導かれ会った「Oさん」は、微笑みを絶やさない淑やかな日本女性だった。とりとめのない世間話をしたり、中国での息子の教育に関する悩みを聞いてもらったり、ささやかな贈り物を交換したり・・・・・・束の間の穏やかな交流が始まったが、1997年の春には別れのときがきた(私の駐在期間にも限りがあった)。北京最後の日、「誰も日本語は読めないから」と、Oさんは封筒に入れた77枚の原稿用紙を私に託す。原稿に記されていたのは、戦前にクリスチャンの中国人と結婚、その後中国に渡って激動の時代を必死に生き抜いたOさんの驚くべき半生だったーー。この小説は中国の「90年代の数年間」と「戦前から現代までの数十年間」、ふたつの時間を祈りのように描き、人の生きる意味を深く問いかけています。
一、会ってください
二、北京再見
初めまして
阪神大震災
北京の四季
本帰国
三、祈りの人生
帰国後
Oさんの半生記
1、結婚まで(日本、福島)
2、北京での生活
3、終 戦
4、日本か、中国か
5、文化大革命
6、長女について
7、日中国交回復後
8、教会生活
四、柳絮舞い散る