出版社 : 春秋社
作家・松田青子さん推薦! 「「ゴール」も「正解」もない世界で、 どんな未来が待ち受けていようとも、 赤い靴を履き、けもの道を行く。 あらゆる「境界」の前で足掻く。 どうしたって痛い。 どうしたって傷つく。 それでも「自由」には抗えない。」 逃げ出してしまいたい。そう願っていたとき、ジャカルタで英語教師をしている「あなた」は悪魔から赤い靴を譲り受ける。冒険に連れて行ってくれるその赤い靴を履いて、どこへ行って何をするかはあなた次第。ニューヨークで成功を収めるのか、カリフォルニアで観光客になるのか、アムステルダムの歓楽街に迷い込むのか、決して止まることのない列車に乗るのか……物語の展開はあなたが決める、ゲームブック形式の長編。インドネシアのフェミニズムの旗手による移動と境界をめぐる傑作。英国PEN翻訳賞受賞作。 装幀:佐野裕哉 装画:Genie Ink
荒廃した墓場に家を建てて住み始めたヒジュラーのアンジュム。家はやがてゲストハウスとなり、そこでは著者の幻影とも思われるティロー、そのパートナーのムーサーなど、様々な傷を抱えた人々の人生が交錯する……。首都の抗議運動やカシミールでの紛争など、現代インド史の出来事を寓話的に織り交ぜ、凝り固まった世界の周縁で生きる人々の姿を詩情あふれる文章で描く。『小さきものたちの神』でブッカー賞を受賞した著者による20年ぶりの新作長編小説。(解説:拓 徹) (Arundhati Roy, The Ministry of Utmost Happinessの邦訳) たった一冊の本に、これほど多くの苦悩、喜び、愛、戦争、死、生、そして人間らしさが詰まっている。何度も人生を歩んだような気分になる一冊。--アニータ・フェリチェリ(『L.A. リビュー・オブ・ブックス』) 愛の描写には映画のような雰囲気があり、真の哀愁と深い感情を伴っている。〔…〕ロイの才能は大きな叙事詩ではなく、個人的なものに対する感性にある。詩的な描写、そして愛と帰属という複雑な方程式を巧みに描き出す能力に長けているのだ。--ミチコ・カクタニ(『ニューヨーク・タイムズ』) 過去20年間のインドを描いたこの親密な叙事詩は見事だ。政治的でありながら説教臭さはなく、感情に満ちつつも皮肉を帯び、詩的でありながら精緻な筆致が光るーー『テレグラフ』
三月のある週末の夕暮れ時、デウィ・アユは死後二十一年にして墓場からよみがえったーー。 オランダ植民地時代末期にジャワ島南部の架空の港町ハリムンダに生まれた娼婦デウィ・アユとその一族を襲った悲劇。植民地統治、日本軍による占領、独立、政変と弾圧といった暴力の歴史を軸に、伝説、神話、寓話などが渦巻く奇想天外な大河小説。世界35カ国以上で刊行されたマジックリアリズム文学の傑作。 装幀:佐野裕哉 装画:菅野まり子 「インドネシアを語る小説を書きたいという衝動があった。サルマン・ラシュディが『真夜中の子供たち』でインドを語り、ギュンター・グラスが『ブリキの太鼓』でドイツを語ったように。」(著者インタビューより) 「疑いようもなく、今日のインドネシアで最も独創的で、想像力に富み、エレガントな小説家である」 --ベネディクト・アンダーソン(政治学者、『ニュー・レフト・レビュー』誌) 「ガブリエル・ガルシア?マルケスとサルマン・ラシュディの文学が生んだ子」--『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』
日本統治時代に台湾南部の港町・高雄で生まれた孫愛雪。戦後の政治的弾圧で父と夫は国を去り、やがて愛雪も夫を追って日本へ渡る。「良妻賢母」の価値観を教え込まれた愛雪は、その通りに家の仕事をこなし、台湾独立運動に奔走する夫を支えながら、自らも実業家として道を切り拓き強く生きた。そして晩年、家族を陥れた意外な真実を知る……。 数々の歴史ノンフィクションを手掛けた陳柔縉ならではの、歴史の細部まで描き込んだ生き生きとした筆致。実在の人物・郭孫雪娥をモデルとしつつ、虚構を交えながら女性の視点で台湾の現代史を問い直す歴史小説。 装幀:佐野裕哉 装画:原倫子 蔡英文・前総統推薦! 「この小説は、高雄港を舞台とし、女性の視点を通して現代台湾の100年にわたる流転が丁寧に描かれている。 ぜひご一読を!」--蔡英文氏Facebookより 「どのようにして革命家の妻が、世で言う「良妻賢母」を全うし、さらにその枠を飛び出して自分の名前で生きるようになったのかを書きたいと思った。それだけではない。日本統治時代の高雄港、高女世代、そして台湾の百年の移り変わりを書きたいと思うようになっていた。」--「著者あとがき」より
1945年、日本占領下のマラヤ(マレーシア)では少年たちが次々と姿を消し始める…。日本軍のスパイに協力した主婦・セシリーと、その家族に起こった数々の悲劇。大胆な想像力を駆使して新たな視点から戦争を描き、発売前から世界中で話題を呼んだデビュー作。
日本統治時代の台湾で客家の商家の元に生まれ、内地留学先の法政大学でライカと出会ったことで写真家の道を歩み始めたトウ騰輝(トウ南光、1908-1971)。彼のライカは、東京のモダンガールや、戦争から戦後で大きく変わりゆく台湾の近代を写し続ける。 歴史小説の名手が、実在の写真家が残した写真をもとに卓越した想像力で、日本統治時代や戦後の動乱、台湾写真史の重要人物との交流などを鮮やかに描き出す。本国で羅曼・羅蘭(ロマン・ロラン)百萬小説賞を全会一致で受賞した労作。巻末に南光による写真図版12点を収録。 序 アルバム一 機械の眼 アルバム二 月光下の山の町 アルバム三 女の顔 アルバム四 電光と神火 アルバム五 整色性の写真家 アルバム六 山へ還る アルバム七 撃墜される瞬間 アルバム八 上海の灯火 アルバム九 写真の言葉 アルバム十 溶かされた画像 アルバム十一 撮影と写真の違い アルバム十二 シャッターの速度 付録 南光が写した時代 あとがき 光の痕跡をたどって 訳者あとがき
チベット発、シスターフッドの物語。ラサのナイトクラブ“ばら”で働く4人の女性たち。花の名前を源氏名として、小さなアパートで共同生活を送る彼女たちは、それぞれが事情を抱えてこの町にやってきた。暴力や搾取、不平等の犠牲となりながらも支え合って生きる彼女たちの心の交流と、やがて訪れる悲痛な運命を、慈悲に満ちた筆致で描き出す。
希望の光、再生への旅。満州からの帰還。敗戦の傷跡を背負いつつ真摯に生き抜いた人びと。若い世代は過去から何を伝え聞いたのか。世代を超えて語り継ぐ小さな愛と勇気と祈りの物語。
第二、第三の人生を自分らしく生きることに悩みを抱える女性は多い。夫婦、子供、友人との関係など、明るく軽やかな日々を送る心意気と気遣いとは何か。新たな希望のときを踏み出す一歩。
多くの人が挫折する手強いあの名作が、驚くほど読みやすいミステリー小説としてよみがえる! こよなくドストエフスキーを愛する編者が、事件を核にミステリー部分を大胆に取り出して抄訳。何度挑戦しても読破できなかったという人も、これからドストエフスキーと出会いたい人も存分に堪能できる、新しい『カラマーゾフの兄弟』の誕生。
苦しみのない人なんて、いない。それでも、私たちは生きている。介護、原発、死刑、犯罪、いじめ…複雑化する現代社会のなかで、いのちきらめく一瞬を見つけて、生きていく。“人生”が凝縮された掌編集。
飛騨高山は江戸幕府の直轄地であった。一八六八年(慶応四年)、明治新政府の代表者として、最初にこの地に派遣されたのが、国学者竹沢寛三郎であった。彼は人心掌握のため年貢半減、諸運上軽減廃止等を布告したが、竹沢の施策は新政府の方針に反して理想的すぎたため、罷免される。替わって、元水戸浪士梅村速水が新たに県知事として任命される。梅村は企画力に優れた若き俊才で、急進的な改革を推し進め、飛騨高山の土俗的な風習や伝統的な制度と対立していく。さらに新政府の矛盾した政策の忠実な実行者としての役割をも演じていく。そして村娘おつるを迎えたことで、すべてが裏目に出ることになる。
梅村速水の政策は根本的には、飛騨高山の文化、歴史を無視したもので、彼の強引なやり方に、農民たちは極度な恐怖を抱くようになった。しだいに梅村は孤立していく。様々な小さな齟齬の積み重なりが、ついに農民一揆を招来する。村に怪火が次々と起こるようになる。それが、不穏な人気をいやが上にかき立てた。農民たちによる打ちこわしが始まった。高山の町は一揆が占領したのである。梅村は追われる身に変わっていった。明治政府は梅村知事を罷免した。梅村速水は公金横領という罪状により唐丸かごで京都へ送られ、移送された東京で未決囚のまま死因に謎をのこして獄死する。やがて一揆の首謀者の逮捕が始まり、みな牢死する。「そしてこれが犠牲者の大多数の共通した運命であった。」