小説むすび | 出版社 : KADOKAWA

出版社 : KADOKAWA

はだれ雪(1)はだれ雪(1)

著者

葉室麟

出版社

KADOKAWA

発売日

2015年12月22日 発売

諦めず、迷わず、信じた道を一筋にーー 謎の刃傷事件を起こした浅野内匠頭。 彼が密かに残した”最期の言葉”とは。 言葉を聞いた勘解由の、秘めたる想いの行方は。 直木賞作家が描く、かつてない「忠臣蔵」! 元禄十四年(1701)十一月。 若くして扇野藩の馬廻り役・中川三郎兵衛の後家となった紗英【さえ】は、江戸からやってくる永井勘解由【ながいかげゆ】という人物の接待役兼監視役を命じられた。  勘解由は旗本であり、幕府の目付役だったが、将軍・徳川綱吉の怒りにふれて扇野藩にお預けの身になったという。 この年、江戸城内で、播州赤穂の大名・浅野内匠頭が、高家筆頭、吉良上野介を斬りつける刃傷事件が起きていた。浅野内匠頭は理由を問われぬまま即日切腹。だが勘解由は、老中に切腹の見合わせを進言し、また切腹の直前、襖越しにひそかに浅野内匠頭の"最後の言葉"を聞いたという。この行いが将軍、徳川綱吉の知るところとなり、機嫌を損じたのだった。 雪が舞い散る中、屋敷に到着した勘解由を迎え入れた紗英は、役目を全うしようとするがーー。 身分を隠し、勘解由の元を訪れる赤穂浪士。 勘解由のやさしさに惹かれてゆく紗英。 扇野藩に、静かに嵐が忍び寄る。 これまでにない視点から「忠臣蔵」の世界を描き、新たな感動を呼び起こす歴史時代長編! ≪熱き信念が胸を打つ、扇野藩シリーズ≫

怪談専門誌 幽 VOL.24怪談専門誌 幽 VOL.24

世にありとある怪談は、文芸作品であれ映像作品であれ、「事実」と「虚構」を両端に据えた、面妖なるグラデーションのいずれかに位置づけられるはずだ。 その領域を、事実と虚構のボーダーランドと呼ぶことも可能だろう。近年、主に映像分野で注目を集めてきた「フェイク・ドキュメンタリー」もしくは「モキュメンタリー」は、そうした怪談本来の特性をいわば逆手にとることで、日常を切り裂き、現実を震撼させようとしてやまない、いかがわしくも魅力的なジャンルである。おりしも、それら映像作家の営為に挑発されるかのごとく、小野不由美の『残穢』を筆頭に、『幽』で連載中の京極夏彦『虚談』や辻村深月の最新刊『きのうの影踏み』など、虚実皮膜のあわいに果敢に踏み込む文芸作品も相次いでいる。 怪談という表現の本質を、いま一度、見つめ直すために──『幽』次号は「リアルか、フェイクか」というテーマで、怪談表現の過去と現在を総展望いたします。 特集 ◆浅田次郎『神坐す山の物語』ほかをめぐって 浅田次郎氏インタビュー 東雅夫 御嶽山(みたけさん)イベントルポ ◆論考 近世/近代/現代 小二田誠二「フェイク・ドキュメンタリーのルーツとしての江戸実録本をめぐって」 千街晶之「『リング』から『残穢』に至る怪談実話史をめぐって」ほか ◆復刻 平山盧江 ◆特別寄稿 福澤徹三 ◆インタビュー 『残穢』『鬼談百景』監督:中村義洋 ◆座談 NHKドラマ『怪異TV』制作秘話 ◆エッセイ 道尾秀介/花房観音/長江俊和/黒史郎 ◆連載 綾辻行人、小野不由美、京極夏彦、有栖川有栖、初野晴、朱野帰子、高橋葉介、諸星大二郎、柴門ふみ、波津彬子、伊藤三巳華ほか ◆インタビュー 辻村深月『きのうの影踏み』、田中康弘『山怪』ほか

甘いお酒でうがい甘いお酒でうがい

出版社

KADOKAWA

発売日

2015年12月16日 発売

この日記の書き手である「川嶋佳子」とは、シソンヌのじろうがコントで長年演じている40代独身女性。 「芸人が最もライブを見に行くコンビ」と称され、じろうと長谷川忍の卓越した演技力で知られるシソンヌは、2014年『キングオブコント』優勝者。ネタ作成を担当するじろうは「稀代のコント職人」として各界から注目を集めており、俳優としても活躍中です。人間の日常と悲哀を題材にしたシソンヌのコントの代表的登場人物の一人が「川嶋佳子」。平凡な中年女性が517日間コツコツと綴った日記から漂うのは、誰でも覚えのある人生の物悲しさ。そして、その悲しさを「乗り越える」のではなく「付き合っていく」姿が、人生の小さなヒントを示しています。 <シソンヌじろう「あとがき」より> コントのキャラクターであったはずの「川嶋佳子」は徐々に僕の精神と肉体を侵略し僕の体を利用して「川嶋佳子」でいようとしているような気さえする。 「川嶋佳子」のコントをやった日はひげが伸びないのである。 「川嶋佳子」はとにかくついていない。しかし彼女は自分の不運を客観的に見て、自分に舞い降りる不幸に意味を持たせることで日常を楽しんで生きている。その姿勢こそが僕がテーマに掲げていることであり、この日記に触れた方に伝えたいことなのである。 些細なことにいらいらして何になる。声を荒げて何になる。起きてしまったことはもうどうにもならないのだ。それが死という人生最大の悲しみであったとしても、それを引きずって何になる。ポジティブになりなさい、などとは言わない。しかしネガティブな自分を客観視し、ほんとついてないなぁ〜、こんなに不幸が続くものかしらね〜、と自分を嘲笑することはできると思う。 2012年6月〜12月 2013年1月〜10月 2015年9月〜10月 あとがき シソンヌじろう

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