2010年2月15日発売
2002年のJコレクション創刊に続き、2003年のハヤカワ文庫JA内レーベル「次世代型作家のリアル・フィクション」によって、日本SFはゼロ年代の“初夏”を迎えた。秋山瑞人のSFマガジン読者賞受賞作「おれはミサイル」、冲方丁の“マルドゥック”シリーズ外伝、日本SF大賞候補作『あなたのための物語』で注目の長谷敏司による傑作短篇ほか、SFマガジン掲載のリアル・フィクションを中心に精選した、全8篇を収録。
1920年代の冬のある日、男が若い女を撃ち殺した。女は男の愛人だった。男の妻は女を激しく憎み、柩のなかの死者の顔に切りかかった。しかし、妻は次第に死んだ愛人のことを知りたいと思いはじめる。都会に暮らす男女のなかに生き続ける、時をさかのぼる憧憬と呪縛。過去、現在、未来を自由自在に往来しながら、饒舌な謎の語り手によって、事件の背景が明らかにされていく。ノーベル賞作家が卓越した筆致で描き出す衝撃作。
早春の夕暮れ、三河以来の旗本大河内家では、跡取りの右京の婚礼が行われようとしていた。しかし、花嫁の綾音を乗せた駕篭が門前に着こうというとき、右京はまだ板橋にいた。父の大目付・政盛の代参で川越へ赴き、用事を済ませ、江戸へ戻る途中に事件に巻き込まれたのだ。新たな門出を迎えたひょうたん息子と頑固親父に更なる試練が…。
新署長赴任の朝。署の正面玄関前で、容疑者を連行中の刑事が雑居ビルから狙撃された。目の前で事件に遭遇した歌舞伎町特別分署の沖幹次郎刑事は射殺犯を追う。銃撃戦の末、犯人のひとりを仕留めるが、残るひとりは逃亡した。金を生む街、新宿歌舞伎町で暴力組織が抗争を開始したのだ。息も吐かせぬ展開と哀切のラストシーン。最高の長篇警察小説。
貞元二十年(西暦八〇四年)。遣唐使として橘逸勢らとともに入唐した若き留学僧・空海。洛陽での道士・丹翁との邂逅を経て長安に入った彼らは、皇帝の死を予言する猫の妖物に接触することとなる。憑依された役人・劉はすでに正気を失っていたが、空海は、青龍寺の僧とともに悪い気を落とし、事の次第を聞くことになった。
妖物が歌ったのは李白の「清平調詞」であり、約六十年前、玄宗皇帝の前で楊貴妃の美しさを讃えた詩であった。白居易という役人から示唆され、一連の怪事は安禄山の乱での貴妃の悲劇の死に端を発すると看破した空海は、その墓がある馬嵬駅に赴く。墓前には白居易ー後の大詩人・白楽天が。彼は空海に、詩作に関する悩みを打ち明けるのだった。