小説むすび | 2021年1月11日発売

2021年1月11日発売

【POD】慟哭のヘル・ファイアー【POD】慟哭のヘル・ファイアー

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2021年1月11日 発売

不条理で恐ろしい、人間という存在 人の心に潜む「魔」 死は不条理なものだが、それより怖いのは人間だーー この一言が本書のテーマを端的に表している。読者は自分自身の心にも「魔」が潜んでいないかと問いかけられるに違いない。 あらすじ  懇願されて、病気の母親を殺す勇司。母親はかなり衰弱していたので、往診に来た医師にも怪しまれない。その後、葬儀の打ち合わせにやって来た僧侶から、読経と戒名代を合わせて100万円を現金で支払えと言われる。勇司が断ると、僧侶は血相を変えて鎌で切りつけてきた。返り討ちにされた僧侶は捨て台詞とともに退散するが、このやりとりは騒動になった。  騒ぎを聞きつけた自治会長は勇司に向かって次のように言う。 「いいですか。喪主というものは、なにもかも皆さんにおまかせして、少々のことには目をつむってだね、とどこおりなく式を執り行うべきものですぞ」。  僧侶に謝りに行けという自治会長の提案をはねつけたため、勇司は母の葬儀を一人で行うことになった。その後、勇司はさまざまなトラブルに巻き込まれていく。 日常に潜む「魔」  僧侶が切りつけてくるとは、どうしたことだろう。物語の冒頭から、不穏な空気が漂っている。それもそのはず。この町はいわくつきだった。太平洋戦争が終わって間もない頃、この町では混乱に乗じて罪のない村人を村八分にし、みんなで殺しを楽しんだ。人を殺すことに罪悪感を抱かせない集団の力は異様である。  時代は下り、現代。かつての事件などなかったかのように、登場人物たちはごく普通に暮らしているように見える。しかしそれは表面上の話だ。平和に暮らす人たちの中には、魔に取り憑かれ信者を食い物にする僧侶や、それに加担する市長、警察署長などがいる。 『慟哭のヘル・ファイヤー』は、日本社会における金や宗教、政治などの権力の乱用と、それによって引き起こされる人間の堕落と暴力を、一つの町を舞台にして鮮烈に描き出した作品だ。「魔」が人間を支配する仕組みやその恐ろしさが描かれている。 「魔」は人間自身が持っている欲望や恐怖などの感情が暴走したものであり、超自然的な力ではない。しかし、「魔」に取り憑かれた人間たちは、自身の行為を正当化し、他者を軽視し、残虐な行為や言動を繰り返す。あっけないほど人が簡単に死ぬ展開には驚く人もいるだろう。フィクションではあるが、その様子は詳細で現実味を伴っており、読者に強烈な嫌悪感と恐怖感を与える。 死は救済になりえる  そして終盤では「ヘル・ファイヤー」というタイトルのとおり、地獄の業火のような光景が展開され、悪役の運命の結末はーー。本来、死は人がもっとも避けたいものであるはずだが、それ以上の罪を重ねずに済むという点で、死は魔に取り憑かれた者にとっては救済になりえるのかもしれない。  この作品では登場人物を取り巻く環境が、スピーディーに変わっていく。展開が早く、最初から最後まで飽きずに読めるが、血や暴力の描写も多いため、グロテスクなシーンに耐えられる人におすすめだ。  なお、物語には人ではないものも登場する。しかし、もっとも怖いのは天災でも、幽霊やお化けでもなく、生身の人間なのだと感じるに違いない。 文・筒井永英 [著者略歴] 雨宮惜秋(あまみや・せきしゅう) 1944年2月、東京都生まれ。日本大学法学部卒。2004年にアマチュア画家を廃業してから美術から文学に転向。資料館を経営。 著作一覧 2001年 『瑞宝館によせて』(自費出版) 2006年 『慟哭のヘル・ファイアー』鶴書院 2007年 『囁く葦の秘密』鶴書院 2008年 『小説恐怖の裁判員制度 : ワッ赤紙が来た! 懲役と罰金のワナ! : 続・囁く葦の秘密』鶴書院 2009年 『恐怖の洗脳エコロジー : 囁く葦の秘密 完結編』鶴書院 2009年 『小説恐怖の洗脳エコロジー : 囁く葦の秘密 完結編』鶴書院 2013年 『純白の未来』(自費出版)

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