2024年8月15日発売
アイルランドの俊英詩人による、鮮烈な散文デビュー作。 18世紀に実在した詩人と著者自身の人生が入りまじる、新しいアイルランド文学。 「数年に一度の傑作。ジャンルや形式の明確な定義をことごとく消し去った」 《アイリッシュ・インディペンデント》 恋をした。その人は18世紀の詩人だったーー。 殺害された夫の死体を発見した貴婦人アイリーン・ドブ・ニコネル(18世紀アイルランドに実在)は、その血を手ですくって飲み、深い悲しみから哀歌(クイネ)を歌った。アイリーン・ドブの詩は何世紀にもわたって旅をし、3人の子どもと夫とともに暮らす、ある母親のもとにたどり着く。家事、育児、度重なる引っ越しの両立に疲れ果てた彼女は、自身の人生と共鳴するアイリーン・ドブの世界に夢中になり、やがて彼女の日常を詩が侵食し始めるーー。 他者の声を解放することで自らの声を発見していく過程を描き、《ニューヨーク・タイムズ》ほか各紙で話題となった、日記、哀歌、翻訳、詩人たちの人生が混交する、異色の散文作品(オートフィクション)。 ◎ジェイムズ・テイト・ブラック記念賞ほか受賞 ◎ラスボーンズ・フォリオ賞 最終候補 ◎「18世紀にアイルランド/イギリスで書かれた最高の詩」とも称される『アート・オレイリーのための哀歌』の全編訳付き
一 ミツケニクモノ 新興住宅街の一角に住んでいる夫婦の物語。 ある晩、僕は穴を掘る音を聞く。どうやら隣家の住人が掘っているようだ。妻はそれほど気にしていない様子で飄々とマジック教室に通っている。人生とは家とは……僕の答えは? 二 黒い家の赤い花 父を迎えにビリヤード場へ行く私。その帰途に父と立ち寄った駄菓子屋には妖艶な赤い花が咲いていた。山間の小さな田舎町に暮らす人々の複雑な人間模様を子供の目線で描く。 三 なんだポトスじゃないか 喫茶店で従姉妹たちと世間話をする私。話題は裕福な家に嫁いだ玉恵の今の窮状のことになる。私は喫茶店のポトスの葉に手を伸ばす。窓から見える熱波に揺れる人影、窓際のポトスの飽くなき生命力、私の絶望と希望が交錯する。 四 ウミガメとポラリス 学生アパートで隣同士だったヒカリと私。大学卒業後、ヒカリは直ぐに結婚するが、暫くぶりに会ったヒカリは私を連れて不倫相手の男の家に行く。ウミガメの生態とポラリスの不思議な関係は何を物語っているのか。 五 竹の家 田舎に嫁いだ伯母の十和子を二十年ぶりに私は訪ねる。十和子は夫や義母と静かに暮らしている。近所の老婆らとの出会いにより私は竹の家の存在を知ることになる。不穏に迫ってくる竹の様子が人間社会に重なっていく。 六 ダリまでの距離 ある朝、僕はおっぱいを拾う。妻は長期出張中である。おっぱいと暮らすことになった僕はサルバドール・ダリの非現実的な世界に…… 七 ウサギのゆくえ 花屋で働く安子に私は声をかけられる。以前同じ職場だったようで、妙に馴れ馴れしい。時々会って彼女の身の上話を聞く内に二人の関係に変化が。子供の頃に飼っていたウサギの記憶が安子に重なっていく。