著者 : イスマイル・カダレ
「生者とは、生の許しを受けた死者にすぎない」 二十世紀初頭のアルバニア北部の荒涼たる高地。この土地を支配するのは「カヌン」と呼ばれる、先祖伝来の終わることのない復讐の掟である。兄の血を奪い返した山岳民の若い男ジョルグは、三十日間の休戦の猶予ののちに自らの死を待つ身だった。しかし、この土地を新婚旅行で訪れた作家の妻ディアナと、馬車の窓越しにただ一度視線を合わせたことで、ふたりは命を賭してその運命を交錯させてゆくーー。伝説と神話の影をまとった悲劇の時空間が立ちのぼる、忘れがたく美しい叙事詩的散文。 現代のアルバニア文学を、そして世界文学を牽引したカダレの作品は、フランス語を筆頭に四〇以上の言語に翻訳され、ノーベル文学賞の候補にたびたびその名が挙がったが、作家は二〇二四年七月に惜しまれつつ八十八歳で亡くなった。カダレの創作全体を見渡す井浦伊知郎氏(アルバニア語学・翻訳)による解説を巻末に付す。
迷宮のような建物〈夢宮殿〉、そこには、選別室、解釈室、筆生室、監禁室、文書保存所等が扉を閉ざして並んでいた。国民の見た夢を分類し、解釈し、国家の存亡に関わる夢を選び出す、この機関に職を得た名門出の青年マルク・アレムは、次第にその歯車に組み込まれていく。国家が個人の無意識の世界にまで管理の手をのばす、不条理で不気味な怖るべき物語。バルカン半島の国アルバニア発の幻想と寓意に満ちた傑作。訳者あとがき=村上光彦/解説=沼野充義
悲劇の小国アルバニアの青年作家はなにを見たか。パステルナークのノーベル賞受賞をめぐってクレムリンの神々がまきおこすイデオロギーの嵐。民族の桎梏に破れさる恋。スラブ神話や民間伝承をモチーフに描く自伝的小説。
二十世紀初頭のアルバニアの高地。この地域の人々の生活は、復讐を核とする古い掟によってすみずみまで支配されている。七十年前から連綿と繰りかえされてきた復讐により死を宣告された男と、彼を思う人妻との出会いと別れ。荒涼たる高地を舞台に、錯綜する生と死のイメージが織りなされる。
〈夢宮殿〉、それは帝国中の臣民が見た夢を集め、選別し、解釈する調査機関だった。毎週金曜日には、帝国と君主の運命に関わる〈新夢〉が皇帝のもとに提出されるのだが…アルバニアの鬼才が描く迷宮の現代文学。