著者 : フアン・ガブリエル・バスケス
物語は誰かの手によって語り直される、慰めのために、励ましのために、そして真実のために…… 数奇な運命を辿り作家の手元に届いた物語ーー忘却された真実を捉える写真、愛憎極まった読者からの手紙、匿名の暴力に晒される失踪劇、理由なき殺人を生き延びた男の撮る映画、伝説的ヴォーカリストの最後の録音、自由を求めて生きた女性の評伝ーーこぼれ落ちた記憶に息吹をあたえ、物語を歌いあげる9作品。 川岸の女 分身 蛙 悪い知らせ ぼくたち 空港 少年たち 最後のコリード 歌,燃えあがる炎のために 著者による注記 訳者あとがき
「あの時代、私たちは誰もが恐ろしい力を持っていたーー」 名士である実父による著書への激越な批判、その父の病と交通事故での死、愛人の告発、昔馴染みの女性の証言、そして彼が密告した家族の生き残りとの時を越えた対話……。父親の隠された真の姿への探求の果てに、第二次大戦下の歴史の闇が浮かび上がる。 マリオ・バルガス=リョサが激賞するコロンビアの気鋭による、あまりにも壮大な大長篇小説! 私、どうしてもガブリエルの顔を見る気になれなかったの。ガブリエルのことを軽蔑していたの。だって、そんなことができる人だなんて考えたこともなかったから。ただいっぽうでは、ガブリエルがああしたことをやったのは当然だ、とも思っていた。当時はおそらく、どんな人でも、ガブリエルがやったことを知ったとしても別に驚かなかったと思う。ガブリエルを軽蔑する気持ちと肯定する気持ち、その両方が私の中で綯い交ぜになって、自分でももうどうしていいかわからなくなっていたの。恐ろしくてたまらなかった。なにがどう恐ろしかったのかと言われるとわからないのだけれど。(…)けっきょくのところ、密告する人なんてどこにでもいるということなのよね。戦争中であろうがなかろうが、人はいつだって、自分の置かれた状況次第では、平気で誰かを密告してしまうものなのよ。(本書より)