著者 : マルグリット・ユルスナール
神話や伝説を自由に変奏した9つの物語からきこえてくる、〈或る内的危機の報告書〉。瞑想と空想との大胆な交錯、神話的古代への嗜好、また古代的に美化された同性愛への偏愛を謳う、詩的アフォリズムを散りばめた初期の短篇小説。 パイドラー あるいは絶望 アキレウス あるいは嘘偽 パトロクロス あるいは運命 アンティゴネー あるいは選択 レナ あるいは秘密 マグダラのマリア あるいは救い パイドーン あるいは眩暈 クリュタイムネーストラー あるいは罪 サッポー あるいは自殺 「この本が決して読まれぬことを望む」 ー J’espère que ce livre ne sera jamais lu. 「私たちの間には、愛よりもっとよいもの、共犯性がある」 ー Il y a entre nous mieux qu’un amour : une complicite.
ユルスナール没後30年記念 ユルスナール(1903-87)が「自作」と認めた最初の作品である『アレクシス』と、36歳のときに刊行された『とどめの一撃』。作家が『ハドリアヌス帝の回想』で世界的な名声を得る以前の、初期の代表作2篇をセレクトした。 ボヘミアの若い音楽家であるアレクシスが、「せめて自分自身の道徳には悖らぬよう」生きるべく、妻モニックのもとを去るために書き残した手紙の形をとった『アレクシス』。ユルスナールはこの中篇について後年のインタビューで、リルケの強い影響のもとで書かれたと語っている。いっぽうの『とどめの一撃』は、ロシア革命と大戦によって孤立したバルト海沿岸の片田舎を舞台に、三つ子のような三者による愛の悲劇を描いたものだが、実際に起こった出来事に着想を得たという。 物語はいずれも主人公の声で語られるが、その「意志的に抑制した語調とほとんど抽象的な文体」は微妙なほのめかしに満ちており、須賀敦子氏はこれを『ユルスナールの靴』のなかで、「木陰のような、深い陰翳の気配がある」と評した。 ユルスナール・セレクション3に収められた堀江敏幸氏のエッセイを巻末に再録。略年譜付き。