著者 : 井本元義
老いに抗いながら 過去の恋、突き上げてくる激情と性への執着 破滅への衝動と闘い続ける その終着点は美の極致か幻か…… 青年時代に小説を書いていたが、途中で才能への疑問を覚え挫折し休筆した。 心の奥底に燻り続けていた文学への想いが再燃したのは、七十歳のとば口が見えた瞬間だった。個人の生や愛や死の想念が未知の深淵に墜落していく時、いかに激しく輝くかに気づいた僕は再び筆を執らずにはいられなかった。人間の苦しみや喜びや悲しみ、怒りが僕の脳裏に渦巻いた。僕は彼等を愛しエゴイストと呼んだ。心優しきエゴイストたち、と。
遥かなる時空と闇を割いて彼の声がきこえる。 ランボー没後130年を経てなお 著者の心に棲みつづける 魂を揺さぶる熱い思いを綴った小説 『ロッシュ村幻影』を大幅に修正、新たな掌編もプラス。 闇に蹲る彼の沈黙ほど美しい詩はない、と僕は結論付けた。ハラルでの十一年間の闇、そこから発せられた詩ではなく日常の些事を綴った手紙こそ、文学の最高峰の一つであると考えるに至り、そこに僕自身の人生の意義を重ねた。僕は最後にと、彼のゆかりの家、都市、カフェ、ホテルなど順を追って回った。最後にマルセイユの丘に登った。地中海に沈む太陽。激しく墜落していく太陽。アルチュール・ランボーはそれを永遠だと詠った。一切のものは無であり、永遠であるだけだと。(あとがきより)
私を死へと誘い、死を予感させる 花の精、花の香、花の色 それは美しく、妖しげに揺れる業火 妖花が悪夢を呼び……退廃の美へ その時私はあっと声を上げた。荒涼とした風が沸き起こり、丘の上に広がる空の闇が布のように二枚にめくれ、大きくはためいて揺れた。そしてお互いに包みあうように丸まり、私を飲み込もうと覆いかぶさってきた。それは巨大な食虫花の漆黒の花弁だった。