著者 : 坂上弘
自分を文学の世界に導いてくれた、兄のように慕う先輩作家が、原稿を郵便で出した帰途、トラックに轢かれ死んだ。理不尽な死を前に混乱、自失する家族や友人たち。青年は深い喪失感を抱えながら、社会との折り合いに惑い、生と死の意味を問い続ける。三四歳で早世した山川方夫の人生を、最も近くで生きた著者が小説に刻んだ鎮魂の書。
一九七〇年、文芸雑誌「文芸」は二度にわたり、当時たびたび芥川賞候補に挙がっていた若手五人を集め、座談会を開く。翌年小田切秀雄に「内向の世代」と呼ばれる彼らの文学は、現代の作家たちにも大きな影響を与えることになる。本書は座談会出席者の一人黒井千次氏が、初期作品の中から瑞々しい魅力を放つ小説を精選した稀有なアンソロジー。
貿易会社に勤める主人公に日常を東南アジアを舞台に描いた表題作「田園風景」、知り合いのアメリカ人夫婦の子供を預かる話「夏野」「向かいて聞く」、ほかに「コネティカットの女」「土手の秋」「寒桜」など九篇。明瞭な日常風景が、抽象世界へと転化し、人間の存在が、描かれる風景に同化し吸収されてゆく独得の世界を展く傑作短篇小説集。野間文芸賞受賞。
「眠らんかな、眠らんかな」伊豆下田の禅寺で知り合った老社長の遺したことばが、いつまでも心をゆさぶる。-企業に携わる現代人の内奥に流れるやりとりを、哀惜しつつ瑞々しい筆致で描く表題作ほか3篇。最新作品集。
会社生活と文学を両立させてきて四十年。定年を控えた修吾が仄かに惹かれる同世代の従妹は、娘を乳癌で失う苦境に陥っている。その彼の前に現れたのは、夭折した先輩作家の初恋の女性だった…。ドイツ中都市と日本の美しい四季を背景に、自立をめざした二人の女性に導かれるように、主人公は、過去の部屋に入る。一枚のタペストリイのように繊細で甘美な感情を織りなす長篇小説。
娘を残してヨーロッパ駐在から戻った啓太を待ち受けていた日本の変貌ぶり。同期生たちに誘われ山を歩くうちに訪れた至福と覚醒。五十半ばを過ぎた男の精神の変容を正面から見据えた純文学待望の収穫。