著者 : 松本清張
ジャンルの始祖・清張にとって、「社会派推理」とは何だったのか?純文学、ミステリ、ノンフィクションーデビュー以来、次々と新しい領域に挑んだ作家が直面した、小説の可能性と限界。初書籍化となる中篇(表題作)ほか、単著・全集未収録の小説・トーク・エッセイを中心に、その軌跡をふりかえる作品集。
これまで単著・全集未収録だった貴重な短篇を精選。自身の従軍体験を反映した表題作から実在の事件をモデルにした作品まで、国民作家が終生問い続けたテーマ「組織・社会と個人との葛藤」を凝縮した全10篇。
三沢順子は、大学卒業後R新聞社に入り、資料調査部に配属された。記事や写真などを整備しておく縁の下の力持ち的な部署である。その日、ある人物の写真を求められ、すぐに渡したのだが、何と別人のものだった。このミスが波紋を呼び、上役が左遷される事態を招いてしまうがー。男たちの野望や策略を目の当たりにした、一人の女性の心情を描き出す傑作小説。
大学で法制史を教える山根辰雄は、古書店で集めた本に、同じ蔵書印があることに気付く。その持ち主は亡くなっていたが、両親と妻の幸子は健在で、問い合わせると家に招かれた。そこでは、若くて魅力的な幸子を中心に、青年客たちが客間に集っているのだった。ミステリアスな家族の周りで起こった事件を描いた表題作他一編を収録した傑作小説集。
八月十六日、京都・五山の送り火の夜。興奮にざわめくホテルの屋上から、情事の相手が姿を消した。女が残していったスーツケースを手に、呆然と東京に戻った男を待っていたのは…鉄壁のアリバイ崩しに挑む本格推理「火と汐」。ほかに「証言の森」「種族同盟」(映像化作品「黒の奔流」原作)「山」の全四篇を収録。
農林省食糧管理局長・岡村福夫は、同省の倉橋課長補佐が汚職の重要参考人になったことをうけて、視察先の札幌から深夜に呼び戻された。よけいなことをきいてはならぬのが保身の術、という哲学の総務課事務官・山田喜一郎は、ことの成り行きを、傍観者として眺めている。政権や上級官僚に翻弄される一介の役人の悲哀と、現代社会に通ずる、官庁汚職を描く。長編推理小説。
設計士の板垣貞夫は地元の有志から、石見銀山跡を観光地にしたいと、設計の構想、工費の見積もりの依頼を受ける。その踏査の拠点となる湯治宿には、矢部と名乗る先客がいた。そして、観光中に見かけて気にかかった一人の女性も宿泊客としてやって来る。矢部は本名を谷原泰夫といい、自殺場所を求めてこの宿にやってきたのだが、金儲けの方法を思いつき…。
遠沢加須子は、夫の遺した中部光学というレンズ製造会社を諏訪で経営している。親会社の倒産で苦境にたった時、手をさしのべてきたのは、ハイランド光学の専務・弓島邦雄だった。親会社の横暴に泣く下請業者の悲哀、加須子にのびる欲望の影、そして奔放な義妹・多摩子の愛憎の果てに、悲劇がおとずれる…。ミステリーの醍醐味を凝縮した長編推理小説。
不動産ブローカーの粕谷為三は、すし屋で元愛人の霜井登代子と再会する。彼女と一緒にいた銀行員坂本に目をつけ、支店長黒川を脅迫、金を用意させた。粕谷が狙う一攫千金の野望は国有地の払下げである。彼は、臆面もなく、政界実力派の代議士に接近し、策を弄する…。腐敗した政界裏面と、飽くことのない欲望に奔走する男の黒い構図を描く異色作。
銀座で洋裁店を経営する美しい叔母、芦名隆子は倉田麻佐子の自慢だった。その叔母から頼まれて、叔父、信雄の故郷に同行することになったが、そこで、所有していた山林が一部売却されたと聞かされる。麻佐子は売却を知った叔父の様子に疑問を抱き、事情を調べ始めた。店の資金繰りが近頃苦しくなったという話も耳に入り、心配は膨れるばかりだー。
金を借りた岸井老人が殺され、麻佐子は隆子のことが気がかりだった。そして、別居を始めて傷心の信雄も心配で、叔母夫婦に降りかかった一連の問題を調べ始める。大学時代の旧友で、交通関係の業界紙に勤める西村五郎を思い出し、相談を持ち掛けるのだが、殺人は続きー。『おくのほそ道』を手に回った旅が悲劇を呼んだ。松本清張、快作長編ミステリー。
帰宅途中のバスの中で、浜島は二十年ぶりに小磯泰子と再会した。妻との仲は冷えており、四年前に夫を亡くしたという彼女の家に足繁く通うようになったが、そこには六歳の息子、健一がいた。浜島は彼の眼が気になり、次第に気味の悪さを覚えるようになってきて…。(「第一話 潜在光景」)人間心理の影の部分を浮かび上がらせた、七編の切れ味鋭い傑作短編集。
今津章一は、半年前に発足した社史編纂室で、東方食品社長の杠忠造を中心とした社史を執筆することになり、重役たちの会合にも同席する機会が増えた。そんな折、大がかりな宣伝活動により、看板商品となった栄養食品「キャメラミン」の、栄養価に対する疑問を呈した文章が、出回っているという話を耳にする。清張作品としては珍しい企業サスペンス小説。
銀座のバーから出てきた山中一郎は、ホステスのマユミと乗ったタクシーの中で、人だかりに気付く。見に行くと、一人の男が俯せで死んでいた。その男は、ある都政新聞の元記者、島田玄一。彼は、家族には土地の周旋をしていると言い、以前より収入が増えていたというー。武蔵野を舞台に、病院経営を巡る黒い霧と謎の連続殺人を描く長編ミステリー。
元新聞記者の死に端を発した事件、タクシー運転手の三上正雄は、利用するつもりの証拠の手帳が命とりになることを恐れた。必死にかくして営業所に戻ると、令状を持った刑事がやってきて、参考人として留置された。しかし、三上を面通しした岩村都議と飯田事務長はその日の運転手は彼ではなかったと否定したー。癒着の闇を描いた清張渾身の長編ミステリー。
取材でラオスの首都ビエンチャンを訪れていた石田伸一が、メコン河畔で死体で見つかった。谷口爾郎は取材と称し、石田の死の真相を調べるべく、ビエンチャンに入る。石田の通訳兼ガイドとして共に行動していた山本実に案内を頼み、死ぬまでの足跡を辿っていくが…。内戦に揺れるラオス国内の混沌とした現状が殺人事件と絡み合い、謎は深まるばかりー。
戦後間もない1947年、探偵作家クラブは設立された。その後、関西探偵作家クラブとの合併や法人化に伴う名称変更を経て“日本推理作家協会”となった作家団体は、今年で70周年を迎える。初代会長の江戸川乱歩から現代表理事の今野敏まで。協会の歴代理事長を務めた14人の作家が夢の競演!日本ミステリー界の第一線で傑作を生みだしてきた作家に脈々と受け継がれる妙技を綴じ込めた究極の一冊。
明治・大正期の文豪を研究テーマにしている浜村幸平は、雑誌からの執筆依頼に、森鴎外が九州の小倉時代に雇っていた家政婦のことをテーマにする。現地取材をするうちに見えてきた謎。浜村の前に現れたのは壮大な歴史ミステリーに関わる「事件」だった。(表題作)銀行の外務係が書道を習い始めると、事件が起こる“日常ミステリー”作品「書道教授」も併せて収録。
若い芸術家の憧れの的である美貌の人妻・竜崎亜矢子。彼女は夫・重隆との愛なき結婚に苦しむ“名家の囚人”であった。カメラマンの奈津井久夫は亜矢子に惹かれながらも見合い結婚をした。取材で出向いた青森県十三潟で男の死体に遭遇した奈津井は、その写真で脚光を浴びる。亜矢子への憧憬をカメラに託す奈津井だが、彼女は新聞社勤務の久世俊介と…。彷徨う愛の行方は!?