著者 : 沢木耕太郎
周五郎が好んで書いた舞台、居酒屋と岡場所は「悲」と「哀」が生れるところである。はぐれ者のつどう居酒屋がかなしみの防波堤になり意外な展開をうむ「深川安楽亭」。岡場所の女の消えそうで消えないかなしみを描く表題作。子を持てない夫婦の行き場のないかなしみ「並木河岸」。悲哀を乗り越えていく男と女の貴い姿を描く九編。
男も女も老いも若きも、様々な「情」を胸に抱き、それに振り回され生きていくー武士の、同輩への友情と許婚への断ち切れぬ愛情との葛藤を描く「落ち梅記」。亭主への、また父の娘に対する「情」の交錯がドラマに複雑さを与える表題作。同場所のシンデレラ物語が迎える残酷な結末「なんの花か薫る」。「情」の万華鏡とも言うべき一冊。
膨大な数の短編から選びに選んだ傑作選第二弾。大火で焼けた家を自力で再建し、孤児たちを引きとり奮闘する大工と娘を描く「ちいさこべ」。将来を誓った男をひたすら待ち続けた女が迎える、無残だがどこか美しい結末「榎物語」。生きるために暗愚を装い続けた若殿の悲劇「若き日の摂津守」。意地を貫いて一層の輝きを放った九編。
サーフィンの夢を諦め、バリ島から香港を経由し、流木のようにマカオに流れ着いた伊津航平。そこで青年を待ち受けていたのはカジノの王「バカラ」だった。失った何かを手繰り寄せるようにバカラにのめり込んでいく航平。偶然の勝ちは必要ない。絶対の勝ちを手に入れるんだー。同じくバカラの魔力に魅入られた老人・劉の言葉に導かれ、青年の運命は静かに、しかし激しく動き出すのだった。痛切な青春小説にして、究極のギャンブル小説。
取り憑かれたようにバカラに打ち込む伊津航平。中国人を装ってマカオに長く暮らす劉。心に深い傷を負いながら航平と惹かれ合う娼婦の李蘭。それぞれに背負う闇の淵を互いに覗き合う三人。そして物も言わずその中心に鎮座するバカラとその謎。もっとも純粋な生き方を求めた先に待つのは、破滅だけなのか…。雷のように交錯し、薔薇の花弁のように砕け散る三人の運命は何処へ向かうのか。カジノの王バカラに挑む男たちの熱い物語。
劉が遺したノートにたった一言書かれた謎の言葉。あの人はついにバカラの必勝法を見出したのか?偶然のなかに完全な必然はあったのか?その指先でバカラの深奥に触れた航平は退路を断ち、最後の賭けに打って出るー。もう後戻りなどしない。勝つためではなく、生を濃く生きるために。世界を掴み、神になるために。幾多の河を渡り、最後の岸辺に着いた青年は何を見たのか。激動の完結編。
男たちのもとへ現れた若きボクサー。才能あふれる彼に、いったい何を手渡してやれるだろう?叶わなかった夢の続きを、おまえに託す。人生の終盤にたどり着く「幸せ」のかたちを問う感動巨編!
老人が遺した一冊のノート。たった一行だけ書かれた、「波の音が消えるまで」という言葉。1997年6月30日。香港返還の前日に偶然立ち寄ったマカオで、28歳の伊津航平は博打の熱に浮かされる。まるで「運命」に抗うかのように、偶然が支配するバカラに必然を見出そうともがく航平。謎の老人との出会いが、彼をさらなる深みへと誘っていき…。緑の海のようなバカラ台には、人生の極北があった。生きることの最も純粋な形を求めて、その海に男は溺れる。
バカラは地獄です。あなたは破滅します。でも、私には、それが羨ましい。美しい中国人娼婦が抱えた哀しい秘密、老人が背負い続けてきた罪と罰、航平の父の死の意外な真相。明かされていく過去を振り切るように、航平は己自身を賭けて最後の大勝負に挑む。そしてー。生と死の極限の歩みの果てに辿り着いた場所で、男はその意味を知る。遺された言葉の、ほんとうの意味を。
ついてないな。そもそも高校に入ったときからついてない。バスに乗り遅れたナツミは停留所で小学校時代の友人と再会する。ぎこちない会話はやがて不幸の手紙へー(「銃を撃つ」)。少しずつ少しずつ積み上げてきた生が、ふと直面する戸惑い、やりきれなさ、苦い思い。その儚くも愛しいミルフィーユのような断面を鮮やかに描き出す珠玉のナイン・ストーリーズ。著者初の短編小説集。
極限のクライミングを描く、究極の筆致。『檀』から十年、最新長編作品。最強の呼び声高いクライマー・山野井夫妻が挑んだ、ヒマラヤの高峰・ギャチュンカン。雪崩による「一瞬の魔」は、美しい氷壁を死の壁に変えた。宙吊りになった妻の頭上で、生きて帰るために迫られた後戻りできない選択とはー。フィクション・ノンフィクションの枠を超え、圧倒的存在感で屹立する、ある登山の物語。
「中学三年の冬、私は人を殺した」。二十年後の「私」は、忌まわしい事件の動機を振り返るー熱中した走幅跳びもやめてしまい、退屈な受験勉強の日々。不機嫌な教師、いきり立つ同級生、何も喋らずに本ばかり読んでいる父。周囲の空虚さに耐えきれない私は、いつもポケットにナイフを忍ばせていた…。「殺意」の裏に漂う少年期特有の苛立ちと哀しみを描き、波紋を呼んだ初の長編小説。
一体のミイラと英語まじりの奇妙なノートを残して、ひとりの老女が餓死したー老女の隠された過去を追って、人の生き方を見つめた「おばあさんが死んだ」、元売春婦たちの養護施設に取材した「棄てられた女たちのユートピア」をはじめ、ルポルタージュ全8編。陽の当たらない場所で人知れず生きる人々や人生の敗残者たちを、ニュージャーナリズムの若き担い手が暖かく描き出す。