著者 : 河崎秋子
死に損ねて、かといって生き損ねて、ならば己は人間ではない。人間のなりをしながら、最早違う生き物だ。明治後期、人里離れた山中で犬を相棒にひとり狩猟をして生きていた熊爪は、ある日、血痕を辿った先で負傷した男を見つける。男は、冬眠していない熊「穴持たず」を追っていたと言うが…。人と獣の業と悲哀を織り交ぜた、理屈なき命の応酬の果てはー令和の熊文学の最高到達点!!
風が強く吹きつける日本海最北の離島、礼文島。昭和29年初夏、動物学者である土橋義明は単身、ここに赴任する。島の出身者から相次いで発見された「エキノコックス症」を解明するためだった。それは米粒ほどの寄生虫によって、腹が膨れて死に至る謎多き感染症。懸命に生きる島民を苛む病を撲滅すべく、土橋は奮闘を続ける。だが、島外への更なる流行拡大を防ぐため、ある苦しい決断を迫られ…。
私はもう大人で、30歳も超えて、それでもまだこの人の子だ。ゆるゆる静かに衰えていくだけのこの人の娘だ。30歳の琴美は東京で派遣社員として働いている。そんな日々に一筋の光が。それは偶然、路上ライブで出会ったアイドルの『ゆな』だった。ライブへ通い、仲間もでき、彼女への没頭が、ゆるく過ごしていた琴美を変えていく。しかし、父親が倒れ、介護が必要になったため、札幌へ戻ることを決意する。交通事故で5年前に母親は他界、妹は結婚し、アメリカへ。初めての二人きりの父子生活で、元塾講師の父親はいつだって正しく、その変わらない「正しさ」は時折、耐えがたいほどに憎らしい一方で、日に日に不自由になっていく父の体。それを目の当たりにした琴美は、ますます『ゆな』を追い求めていく…。閉鎖的な環境、明るい展望も見えない中、生き続けるためのよすがを求めて懸命にもがく姿を描き切った、著者の新境地。
あなたの心が滅んでしまわぬように。再生の予感に満ちた、失われゆくものの小説群。十人の人気作家による絶滅モチーフの新作短編集。
一人暮らしのベランダに突然、真っ白な鳩がきた。怪我をしているらしく、飛び立つ気配もない。小森椿は仕方なく面倒をみることにする。白鳩に愛着がわいてきた数日後ー。帰宅途中、謎の男に奇妙な宣告を受けた。「お前は俺の次の『鳩護』になるんだ」鳩を護ることを宿命づけられた者。それが鳩護だという。なにその宿命?どうして私が?混乱する椿をよそに、白鳩は椿の日常を否応なく浸食していく!
明治時代の札幌で蚕が桑を食べる音を子守唄に育った少女が見つめる父の姿。「未来なんて全て鉈で刻んでしまえればいいのに」(「蛹の家」)。昭和35年、江別市。蹄鉄屋の父を持つ雄一は、自身の通う小学校の畑が馬によって耕される様子を固唾を飲んで見つめていた。木が折れるような不吉な音を立てて、馬が倒れ、もがき、死んでいくまでをも。「俺ら人間はみな阿呆です。馬ばかりが偉えんです」(「うまねむる」)。昭和26年、レンガ工場で最年少の頭目である吉正が担当している下方のひとり、渡が急死した。「人の旦那、殺しといてこれか」(「土に贖う」)など北海道を舞台に描かれた全7編。
明治の世。新天地・北海道を目指す捨造は道中母からの手紙を開くー駆け落ち相手を殺されて単身馬で逃亡し、雪崩に遭いながらも馬を喰らって生き延び、胎内の捨造を守りきった壮絶な人生ーやがて根室に住み着いた捨造とその子孫たちは、馬と共に生きる道を選んだ。そして平成、大学生のひかりは祖母から受け継いだ先祖の手紙を読み、ある決意をする。6世代にわたる馬とヒトの交感を描いた、生命の年代記。