著者 : 田中一生
激動の時代のバルカンで、諷刺と喜劇で鋭い批判精神をふるった作家ブラニスラヴ・ヌシッチーー官僚制度を揶揄するゴーゴリものの喜劇『不審人物』、姓とアイデンティティの関係を問う晩年作の喜劇『故人』の本邦初訳二篇と、作家の人生喜劇を綴った「自叙伝」を収録。
低き丘でも高みに立たば、 下の者より見ゆるは道理、 われもみなより多く見ゆべしーー 幸せにして、また不幸なり。 イスラム教改宗者の討伐という歴史的事件を材に、民衆の「哀しき人間の運命」を綴った、セルビア「第二の聖書」と目される一大詩篇『山の花環』。宇宙創造、人間の堕落と魂の救済を詠う『小宇宙の光』。セルビア文学の金字塔となった、ニェゴシュを代表する二大叙事詩。 ……ニェゴシュの文学は、吟遊詩人の伝える伝承の「コソボ史観」に尽きるものではない。ニェゴシュの詩人としての偉大さは、そうした民族叙事詩の世界を乗り越えて、「哀しき人間(ひと)の運命(さだめ)」を追求したことにある。『小宇宙の光』では、その主題が形而上的なレベルで扱われているが、そこに現実世界で主教、君主、そして人間として苦悩するニェゴシュの魂を読むことができる。『山の花環』の登場人物たちはかなり理念化されているが、ダニロ主教の悩みや恐れは、ニェゴシュの心の深奥を映し出している。──「訳者解題」より
目にするものはすべて詩であり、手に触れるものはすべて痛みである。 不正義、不条理に満ちた世界で人びとはいかに生きるか。 歴史に翻弄される民族を見つめ、人類の希望を「橋」の 詩学として語り続けたノーベル文学賞作家アンドリッチ── 「橋」、短編小説八篇、散文詩『エクス・ポント(黒海より)』 と「不安」、エッセイ三篇を収録した精選作品集。 歴史の不条理を、若きアンドリッチは身をもって体験した。第一次大戦中の思想犯としての獄中生活は、戦争という外的世界を凝視させると同時に、「幽閉された者」の精神的な内的世界へと作家を招き入れる。歴史と魂の問題は、作家の生涯を通じて、詩学を支える二本の柱となった。この詩学の魅力は、新現実主義と形而上主義の両面を持ちあわせ、見える世界と見えない世界を結び合わせる力にある。集団と自我、天と地、魂と肉体、異なる二つのものを引き裂くもの、繫ぎ合わせるものに、作家は光をあてる。アンドリッチの問いかけは、人はどう生きるべきかではなく、人々はどう生きるかという人類的な問題である。──「訳者解題」より
人間はなぜ天から堕ちたのか。なぜこの地上で、苦しみの日々を送らねばならないのか。その謎を解くために詩人は魂に導かれ、宇宙へ、天国へと旅立つ。水晶の岸辺に神の御使の出迎えを受けた詩人は、天上の原と神の御座の偉観に心を奪われる。勧められるままに「記憶の泉」の水を飲む。そこで詩人のみたものは…。