著者 : 芹沢光治良
デビュー作「ブルジョア」を含む初期の作品集。父が天理教に入信し、叔父夫婦に育てられた芹沢光治良。帝国大学卒業後、農商務省に入省したが、経済の研究を志してパリに留学するもそこで結核に感染し、フランス、スイスで療養生活を経験する。そんな体験から書かれたデビュー作品集である。雑誌「改造」の懸賞創作で1等に入選した「ブルジョア」は、結核患者が集まる町を舞台に、病に侵された夫と妻、多国籍の入院患者らの懊悩を描いた作品。「結核患者」「昼寝している夫」「椅子を探す」は、杉夫妻を主人公に、結核に倒れた夫が心身ともに復活していく様子を描写し、「橋の手前」「風迹」は、共産主義に対する市井の人々のとらえ方を描出している。
「歓喜をともなわない仕事をして、どんな仕事ができよう…いつはてるか知れない命のある間、生命を歓喜にもやすような仕事をしたい」日本での役所勤めを辞め、パリの大学で社会科学の研究にいそしんでいた“私”。指導教官にも恵まれ、帰国するまでに学位を取得できるはずだった。ところが、結核に感染していることがわかり、療養生活を送ることに。気分を萎えさせる言動を繰り返す妻、一進一退を繰り返す病状に、“私”は重大な決心をする…。「離愁」「故国」と続く三部作の第一作。
1945年8月、広島と長崎に原爆が投下され、その直後に迎えた敗戦。GHQ占領下の卑屈な統治時代を、市井の人たちがどのように生き抜いたのか、ある海軍中将一家の目線で描く。未亡人となり家財総てを失った中将夫人、米軍人に求婚される長女、原爆被害で恋人と離ればなれになってしまった長男、その長男を想いながらも米兵に身をゆだねてしまう恋人…。戦勝国・アメリカを呪いながら、その助けなしには生きていけない日本人の哀切と、それでも新時代に向けて歩みを始める強さを、心の奥底を揺さぶる独特な筆致で綴った秀作。
一九二〇年代、美しき巴里。夫に伴われた留学先で、子どもを身ごもるも結核に倒れる伸子。病床にて娘に宛てて綴った三冊のノートをめぐって、死と新生、自然の摂理と普遍の愛を描く。
無信仰な僕が、一生の間に経験した宗教的現象を次々に想い起すと、これらが単なる偶然な経験ではなくて偉大な神のはからいによって経験させられたのであろうかと、自然に考えるようになったー人生九十年、心に求めて得られなかった神が、不思議な声となって、いま私に語りかける…。芹沢文学の集大成、九十歳から年ごとに書下ろした生命の物語“神”シリーズ、待望の文庫版。
いろいろ新しい宗教や信仰が、現在、さかんのようだが、それは、人間がつくった神で、祈ったからとて、何の力もない。他に神があるように説いて、信仰をすすめる者が多いが、それは、そう説く者の、私利、私欲によるもので、神とは全く関係ないので、愚かにも惑わされては、恥である…。神は、ただ大自然の親神しか、存在しない。書き下ろし長篇。
今度の作品『人間の幸福』では、大自然の力である神は、人間の幸福を、どんなふうに考えているか、ということを書きました。人間の本当の幸福は、この現実の世界に生きながら、大自然の神の世界にいる人間のような気持ちで生きることだと教えられて、それはどういうことなのか、二人の女性が現代社会のなかでどう生きていくか、ということを書いています。