著者 : 近藤直子
遥かな風の夜の悪夢にも似た不思議な小説 棟続きの家に住む二組の夫婦。戸口の梶の花のにおいに心乱された更善無(コンシャンウー)は、隣家の女、虚汝華(シュイルーホア)に怪しげな挙動を覗き見られて動揺する。虚汝華の夫の老况(ラオコアン)は生活能力のない男で、しじゅう空豆を食べている。女房の好物は酢漬けきゅうり。家の中では虫が次から次へと沸いて出て、虚汝華は殺虫剤をまくのに余念がない。ある夜、梶の花の残り香の中で、更善無と隣家の女は同じ夢を見た……。髪の毛が生える木、血のように赤い太陽、夥しい蛾や蚊、鼠。死んだ雀。腐った花の匂い。異様なイメージと夢の中のように支離滅裂な出来事の連鎖が衝撃を呼ぶ中篇『蒼老たる浮雲』に、初期短篇「山の上の小屋」「天窓」「わたしの、あの世界でのこと」を収録。アヴァンギャルドな文体によって既存の文学の枠組を打ち破り、現代中国の社会と精神の構図を深い闇の底から浮かび上がらせた残雪(ツァンシュエ)作品集。
夢の不思議さを綴る夜の語り手、初期短篇集 わたしは駅の古いベンチに横になっていた。わたしにはわかっている、カッコウがそっと三度鳴きさえすれば、すぐにも彼に逢えるのだ。「カッコウはもうじき鳴く」とひとりの老人がわたしに告げた……。姿を消した“彼”を探して彷徨い歩く女の心象風景を超現実的な手法で描いた表題作。毎夜、部屋に飛び込んできて乱暴狼藉をはたらく老婆の目的は、昔、女山師に巻き上げられた魔法の靴を探すことだった……「刺繡靴および袁四ばあさんの煩悩」ほか、全九篇を収録。『黄泥街』(Uブックス既刊)が大きな話題を呼んだ現代中国作家、残雪の独特の文学世界が最も特徴的にあらわれた初期短篇を精選。夢の不思議さにも似た鮮烈なイメージと特異な言語感覚で、残雪ファンにとりわけ人気の高い一冊。付録として、訳者による作品精読の試み「残雪ー夜の語り手」を併録した。
「王子光(ワンツーコアン)」とは何かーー滅びの街の物語 黄泥街は狭く長い一本の通りだ。両側には様々な格好の小さな家がひしめき、黄ばんだ灰色の空からはいつも真っ黒な灰が降っている。灰と泥に覆われた街には人々が捨てたゴミの山がそこらじゅうにあり、店の果物は腐り、動物はやたらに気が狂う。この汚物に塗れ、時間の止まったような混沌の街で、ある男が夢の中で発した「王子光」という言葉が、すべての始まりだった。その正体をめぐって議論百出、様々な噂が流れるなか、ついに「王子光」がやって来ると、街は大雨と洪水に襲われ、奇怪な出来事が頻発する。あらゆるものが腐り、溶解し、崩れていく世界の滅びの物語を、言葉の奔流のような圧倒的な文体で語った、現代中国文学を代表する作家、残雪(ツァンシュエ)の第一長篇にして世界文学の最前線。残雪研究の第一人者でもある訳者の「わからないこと 残雪『黄泥街』試論」を併録。
現代中国の最重要作家が1988年から2009年までに発表した短篇小説から精選、年代順に編む、日本オリジナル傑作集。ある上申書を書き直し続ける母と、夢と本によって母に現実を示す娘を語る「瓦の継ぎ目の雨だれ」から、地下に向かって生長する不思議な植物をめぐり変化する人々を描く「アメジストローズ」まで、夢の論理に細部まで貫かれた14篇を収める。