ジャンル : ミステリー・サスペンス
エミール七十三歳、マルグリット七十一歳。再婚同士の二人が式を挙げてから八年になるが、かれこれ四年前から言葉を交わすこともなくなった。相手の存在を痛いほど意識しながら互いに無視しあい、一つ屋根の下で際限のないゲームに飽かず興じる。理解しがたいようでいて妙に頷ける老夫婦の執念。屈折した愛と呼べなくもない二人の駆け引きは、夫が飼っていた猫の死に始まった。
空にはすさまじい赤光があった。イギリスは片田舎の山奥の、その赤光に燃えたつ古代ローマ人砦に独り遊ぶルシアン・テイラーは、作家になる夢を紡いで暮らしていた。だが、こんな田舎にいて何ができよう。夢に憑かれた彼は故郷をあとにする。牧神が逍遥する山々からサバトの街ロンドンへ…。一人の青年の孤独な魂の遍歴を描く、神秘と象徴に満ちた二十世紀幻想文学の金字塔。
この世に生まれ出た彼女の頭脳は申し分ないものだった。ところが身体の方は機械の助けなしには生きていけない状態だった。そこで“中央諸世界”は彼女を金属の殻の中に封じ込め、宇宙船の身体をあたえた。優秀なサイボーグ船の誕生…それでも、嘆き、喜び、愛し、歌う、彼女はやっぱり女の子なのだ。乙女の心とチタニウムの身体を持つ宇宙船の活躍を描く、傑作オムニバス長編。
老練の船長が体験した、あまりにもおぞましい晩餐会での出来事を語る「胸像たちの晩餐」、12人の求婚者から1人選んで結婚する毎に相手が死ぬという悲劇を繰り返す美女の物語「ノトランプ」、かつての惨劇の舞台であり、現在は観光名所となった《血の宿》に泊まった男女を見舞う絶体絶命の危機「恐怖の館」など、『オペラ座の怪人』で知られる文豪の手腕が発揮された恐怖綺譚集。
イングランドの町で引退した医師が失踪した。三分ほど前には、くつろいで新聞を読んでいる姿を妻が見ているというのに。誘拐か? それとも数日前、彼が密かに会っていた女性と駈け落ちしたのか? 彼が書いていた原稿とは何か? そしてまた失踪者が一人……。フレンチ警部が六十四の手掛かりをあげて連続失踪事件の真相を解明する。
シャーロック・ホームズを模して書かれた贋作と、偽作の類は、天文学的な数字に上っている。中でもダーレスの創造したソーラー・ポンズは“プレイド街のシャーロック・ホームズ”といわれるほど生き写しのキャラクターだった。その全七十編の作品中から、「アルミの松葉杖」「ファヴァシャム教授の失踪」等、聖典中の“語られざる物語”を取り上げた短編など十三編を収録した。
旅行社の社員ハリー・モリソンは、ある男から豪華船を用いたイギリス列島巡航の事業計画を聞かされ、協力を申し出る。紆余曲折の末、賭博室を設けた観光船エレニーク号がアイルランド沿岸の名所巡りを開始した。だが穏やかな航海は、モリソンが船主の死体を発見したことで終わり、事件捜査にフレンチ首席警部が名乗りをあげる。アリバイトリックの妙で読者を唸らせる傑作長編。
丸顔の、いかにも美食家然とした風貌の蔭に、鋭い直感力を秘めた犯罪捜査部顧問レジー・フォーチュンークロフツ、クリスティと同年にデビューを飾った巨匠H・C・ベイリーの生み出したこの名探偵は、ホームズ時代の古き良き香りを残しながら、社会に向ける眼差しに新しい時代を感じさせ、来るべき風潮を予知する先取の才能をも秘めていた。「聖なる泉」等、傑作七編を収録する。
十五歳の娘を抱え夫に先立たれたジュリアは、打算の再婚に踏み切った。愛はなくともチョールフォント荘の女主人として過ごす日々は、隣人との抜き差しならぬ恋によって一変する。折も折ジュリアの夫が殺され、家庭内の事情は警察の知るところとなった。殺害の動機または機会を持つ者は、ことごとく容疑圏外に去ったかに見えたが…。終局まで予断を許さぬフレンチ警部活躍譚。
新発明の設計図を携えて、息子の元に旅立ったロンドンの富豪、ジョン・マギル卿が北アイルランドで消息を絶った。しばらくして、彼の遺体が息子の家の庭から発見されるが、息子にも他の容疑者たちにもアリバイがあった。失踪直前のマギル卿の不可解な行動、謎の男、アリバイの秘密など、もつれた糸をフレンチ警部は着実に解きほぐしていく。著者の作品の中でも一、二を争う名作。
英国の片田舎に住む開業医ビクリー博士は、妻を殺そうと決意し、完璧な殺人計画を練り上げた。犯行過程の克明な描写、捜査官との応酬をへて、物語は息詰まる法廷の攻防へ。謎解き小説の雄アントニイ・バークリーが、一転、犯人の側からすべてを語る倒叙推理小説の形式を活かして完成させた本書は、殺人者の心理を見事に描いて新生面を拓いた。驚くべきスリルに富む歴史的名作!
死の問題にとりつかれた一人の青年が永生を夢みて不老長寿の研究を始める。研究は前頭前部葉の秘密に逢着し、彼は意識をほとんど無限に拡大し、過去を透視できるようになる。パラドックスを伴わない真の時間旅行がここに初めて実現する。だが意外な妨害が……。『アウトサイダー』の著者が描く、壮大な人間進化のヴィジョン。訳者あとがき=中村保男