出版社 : ベネッセコ-ポレ-ション
ある朝、ドクター・ベックはぼくを呼び止めると、いつもの穏やかな声でいった。「ケニー、例のきみのグループに新人が入ることになったよ」。アイルランドの鬱蒼とした森の中にひっそりと建つ精神病院。そこにガヴィンという謎めいた患者が現われた日から、不可解な事件が連続して起こり、ついに陰惨な殺人に発展する。荒涼たる雰囲気が全篇に充ち溢れたミステリーロマン。
四国の名家に生まれ、東京の女学校に学んだ百合子。だが、大正14年雑誌「文芸日本」を興こした進藤延との結婚は破局に終わり、やむを得ず3人の子供を両親に預け、一人東京で暮らしていく。転々と職を変え、やがて蒲田の大部屋女優となるが、ついに我が子と気持ちを通じ合えぬまま、一人孤独のうちに生涯を閉じる。死後、長男の著者の手に渡った遺品の日記からは、我が子を手放さざるを得なかった母親の切実な叫びが聞こえてくる。-あたしは愛したい-この言葉を残して逝った母親の姿を綴った一代記である。
ただひとつ、ずっとわかっていることは、この恋が淋しさに支えられているということだけだ。この光るように孤独な闇の中に2人でひっそりいることの、じんとしびれるような心地から立ち上がれずにいるのだ(「白河夜船」)。あの時、夜はうんと光っていた。永遠のように長く思えた。いつもいたずらな感じに目を光らせていた兄の向こうには、何か、はるかな景色が見えた(「夜と夜の旅人」)。また朝になってゼロになるまで、無限に映るこの夜景のにじむ感じがこんなにも美しいのを楽しんでいることができるなら、人の胸に必ずあるどうしようもない心のこりはその色どりにすぎなくても、全然構わない気がした(「ある体験」)。
純愛映画制作についてのファミコンゲームをめぐる小説から現実と虚構の既成概念を無化した新しい〈愛〉と〈日常〉を描く!無重力世代の表現を予兆する22歳の新鋭の優しいメタ・ノベル!第5回「海燕」新人文学賞、“正方形の食卓”を併録。
自分は誰とも一体になれないのか。-狂人と健常者の狭間に身を置き、他者を求めながらも得られずに自ら死を選ぶ男の狂気を内側から描いて、現代人の意識に通底する絶対的な孤絶を表出した待望の純文学長篇。