出版社 : リフレ出版
17歳で見習いに入った東野は、料理界の頂点に君臨する野望を持つようになる。その夢を支えたのは4人の女達だった。昭和の高度成長期を経て、平成・令和と料理に情熱を貫き通した一人の料理人の生き様を描いた私小説。
日本で初めて作業療法士によって書かれた本格的抒情小説。激動のミャンマーを舞台に地域と病院でリハビリに奮闘する日本人作業療法士の一途な愛の行方。混迷極まるミャンマー。その地で身を捧げ、至高の愛に生きた日本人青年とミャンマー人女性の美しくも、切ない物語。
安曇野のきびしい自然環境の中で生きる若者たちと、双体の道祖神の始まりの物語。信濃(長野県)には男女の神様が寄り添う双体の道祖神像が約3000基あります。その像は男女が並んで互いに肩に手をやり、他の手もお互いに握り合っている微笑ましい姿をしていて、道の脇などに祀られています。
白隠と並び称される誠拙周樗。不世出の名僧と母との心の葛藤を描いた感動作。禅僧として最高位に上り詰めた誠拙周樗は七歳のとき小僧に出された。最愛の母に捨てられたものと思っていた彼は、母の死後、それが苦渋の選択であったことを知った。母の辛い気持ちを顧みることが無かった吾身を深く恥じて後悔。そして懺悔の旅に出た。
この報告は、人の悩める心を丹念に調査し書き記した実録である。それは現代という鏡に映し出された風雲急を告げる社会情勢の下、心に積もり重なったやり切れない寂寥を抱えて身動きが取れない多勢に代わって、坑道を下りて行き、生と死の境界附近を前進後退し足元を歩測し、我が身の処し方にもがき苦しみ懸命に生きようとする姿を活写した物語である。
一人でいるのが好きな僕が地元を離れ、この東京まで来たのに「偶然」という言葉ほど似つかわしい言葉はない。ただそれは、行き当たりばったりというよりは予め決められていたという意味の方がしっくりくる。僕の人生を大きく変えたあの数年を今でもどう語ればいいかよく分からない。でも、もし誰かに聞かせるならまずは彼女のことから話すだろう。
春菜は、自分は生涯絶対守ろうと自分に誓った。「自分の目で見て、自分の耳で聞いたこと以外のあやふやな話は絶対に信じない」と。十七歳の冬木春菜が、初めて体験したことは、少しだけ春菜を大人にした。明るいクラスメート・親切な先輩・良い先生たちに出会えて、初めは少し不本意だった山下女子学院高等学校が、春菜は何時の間にか大好きになっていた。昭和30年代ノスタルジックストーリー。
十一代将軍家斉の徳川幕府爛熟の時世に、こともあろうに中山道の大宮宿に「ラスベガス」が出現した。公儀にとっては由々しき事態で、一刀流免許皆伝である青年旗本・桂主水介が歓楽の驕りを成敗するべく大宮宿に立ち向かった。