出版社 : 新潮社
世界には歯があり、油断していると噛みつかれるー。ボストン・レッドソックスのリリーフ・ピッチャー、トム・ゴードンに憧れる、少女トリシアは、9歳でそのことを学んだ。両親は離婚したばかりで、母と兄との3人暮らしだけれど、いがみ合ってばかりいる二人には、正直いって、うんざり。ある6月の朝、アパラチア自然遊歩道へと家族ピクニックに連れ出されるが、母と兄の毎度毎度の口論に辟易としていたトリシアは、尿意をもよおしてコースをはずれ、みんなとはぐれてしまう。広大な原野のなかに一人とり残された彼女を、薮蚊の猛攻、乏しくなる食料、夜の冷気、下痢、発熱といった災難が襲う。憧れのトム・ゴードンとの空想での会話だけを心の支えにして、知恵と気力をふりしぼって、原野からの脱出を試みようとするが…。9日間にわたる少女の決死の冒険を圧倒的なリアリティで描き、家族のあり方まで問う、少女サバイバル小説の名編。
異端にして孤高の民俗学者・蓮丈那智の元に「『特殊な形状の神』を調査して欲しい」との手紙が届いた。神とは「即身仏」のことらしい。類例のない情報に興味を示し、現地に赴いた那智と助手の三国だが、村での調査を終えたのち、手紙の差し出し人が謎の失踪を遂げてしまう-(表題作)。日本人の根底にある原風景を掘り起こす「本格民俗学ミステリ」。待望の第二弾。
時は鎌倉時代、武門の身を捨て、家族を離れ、十三歳にして出家した一遍。一度は武士に戻りながら再出家し、かつて妻であった超一房や娘の超二房をはじめ多くの僧尼を引き連れて、十六年間も遊行して歩く。断ち切れぬ男女の愛欲に苦しみ、亡き母の面影を慕い、求道とは何かに迷い、己と戦いながらの漂泊遊行で、踊念仏をひろめ時宗の開祖となった男。その捨てる心さえも捨てた境地に踏み入り、遊行先で没するまでの、波瀾の生涯を描く長編小説。
痴呆の老女の心に甦る初恋の少年との幼い遊戯の思い出(「紙」)、祗王寺の庵主の「男」をめぐるすさまじい逸話(「露」)、放浪の僧侶が抱く、さる女性の絹のように豊かな黒髪(「髪」)など、人間の宿業の深さを炙り出す11の物語。なかでも表題作の「髪」は寂聴訳「源氏物語」から生まれ、新作能『夢浮橋』として上演され評判を呼んだ作品。煩悩を照らし、光明を見いだす短編集。
TVジャーナリスト、パトリックは、インドでサーカスの取材中、ライオンに左手を喰いちぎられる。以来、なんども夢に現われる、深緑の湖と謎の女-。やがて事故死した男の手が移植されることになるが、手術を目前に「手」の未亡人に子作りを迫られ、月満ちて男の子が誕生する…。稀代の女ったらしが真実の愛に目覚めるまでのいただけない行状と葛藤を描く、巨匠による最新長篇。
空襲をかいくぐって披露宴を敢行した春男と照子。復員して信託会社に就職した春男だったが、いきなり大チョンボ。一から出直しとばかりにパン職人に。やがて照子のアイディアで始めたテレビ喫茶が大当たり。春子、夏子、秋子、冬子の四姉妹もすくすく育ち、中でも春子は、ひょんなことから習いはじめたスケートで、見る間に才能を発揮する-。親子の愛が育んだ大きな奇蹟の物語。今、家族の時代に贈る国民的ホームコメディー。
順調に見えた一家を襲う試練の数々。春子の入院騒ぎから間もなく、今度は春男の浮気が発覚し、岩田一家はてんやわんや。春男は、どうこの難局を切り抜けるか。春子のスケートは全国レベルへ上達し、五輪を目指すまでになる。一方、夏子には芸能界から誘いがかかり、歌手デビューの話が持ち上がる-。果たして、姉妹のオリンピックそして紅白、ダブル出場の奇蹟は起こるのか?夢見ることが人生だ!涙と笑いと感動の家族劇。
人間くさくてノーテンキなミタカは、あいかわらず家族の一員のようにいつもいる。三月、南向きのぬれ縁に何か植えようか、と相談していると、家出中のパパが帰ってきた。そこで、みんなでひょうたんを作ったー何かを愛する時、愛するものがある時、愛していいものがある時、人はやさしくなる。そしてそのやさしさは、ただやさしい。「ミタカくんと私」に続く、ナミコとミタカのつれづれ日常小説。
21世紀のカブキ界に君臨するのは、果して誰かー世界が注目するなか華麗な「顔見世」が琵琶湖畔の巨大な船舞台・世界座で幕を開ける。だが、その水面下では、守旧派の名女形と改革派の人気立役者が、凄絶な勢力争いを繰り広げていた。美少女・蕪は、謎の手紙に誘われる形で騒動に巻き込まれ、世界座舞台裏の怨念渦巻く大迷宮に迷い込む。蕪に託された「使命」は?三島賞受賞作。
昔、ママは、骨ごと溶けるような恋をし、その結果あたしが生まれた。“私の宝物は三つ。ピアノ。あのひと。そしてあなたよ草子”。必ず戻るといって消えたパパを待ってママとあたしは引越しを繰り返す。“私はあのひとのいない場所にはなじむわけにいかないの”“神様のボートにのってしまったから”-恋愛の静かな狂気に囚われた母葉子と、その傍らで成長していく娘草子の遙かな旅の物語。
9歳のさきちゃんと作家のお母さんは二人暮し。毎日を、とても大事に、楽しく積み重ねています。お母さんはふと思います。いつか大きくなった時、今日のことを思い出すかなー。どんな時もあなたの味方、といってくれる眼差しに見守られてすごす幸福。かつて自分が通った道をすこやかに歩いてくる娘と、共に生きる喜び、切なさ。やさしく美しいイラストで贈る、少女とお母さんの12の物語。
昭和三一年春、妻子を富山に置いた松坂熊吾は、中古車事業発足のため大阪へ戻った。踊り子西条あけみに再会した一夜、彼に生気が蘇る。そして事業も盛運を迎えるかにみえたが…。苦闘する父母の情愛を一身に受け、九歳になった息子伸仁にも新たな試練の日々が訪れ、高度経済成長期に入った日本の光と闇が交叉する中、波瀾のドラマは新たな胎動を始める。戦後の時代相を背景に、作者自らの“父と子”を描くライフワーク第四部、富山・放浪編。
1951年、一本のホームランが天高く舞い上がる。ニューヨーク・ジャイアンツの優勝を決める劇的なホームランが生まれたその日、球場で試合を観戦していたFBI長官フーヴァーの元には、遙かソ連から核実験成功の報が入っていた…歴史的ホームランと核の時代の始まりを重ね合わせ、そこから紡がれゆくボールの行方を巡る物語とパラノイアの連鎖。冷戦時代とは、20世紀とは何だったのかを壮大なスケールで問い直す、現代アメリカ文学最大の作家による最高傑作、ついに邦訳刊行。
はじまりはN国・T地方・Y県の通学列車。不良高校生の些細な喧嘩がなぜヤクザを巻き込む全面抗争にまで暴走したのか?あの“戦争”から数年後、執拗に真相を追う青年の姿は、あたかも探偵であり、暗号解読者であり、哲学者であり、そして小説家でもあり…。世界の激動に曝され、迷走する日本を鋭く転写する「ABC戦争」他、文学の最先端で闘い続ける著者の初期ベスト作品。
ありふれた日常の裏側で増殖し、出口を求めて蠢く幻想の行き着く果ては…。巨大地震が引き起こす食糧危機、老女の心の中で育まれた介護ロボットへの偏愛、摂食障害のために限りなく肥満していく女、豚の世話だけに熱中する孤独な少年の心の爆発ー。抑圧された情念が臨界まで膨れ上がり、過剰な暴力となって襲いかかる瞬間を描いた戦慄の七篇。
文久2(1862)年9月14日、横浜郊外の生麦村でその事件は起こった。薩摩藩主島津久光の大名行列に騎馬のイギリス人四人が遭遇し、このうち一名を薩摩藩士が斬殺したのである。イギリス、幕府、薩摩藩三者の思惑が複雑に絡む賠償交渉は難航を窮めたー。幕末に起きた前代未聞の事件を軸に、明治維新に至る激動の六年を、追随を許さぬ圧倒的なダイナミズムで描いた歴史小説の最高峰。
生麦村でのイギリス人殺傷事件から十カ月…イギリスは艦隊を鹿児島湾に派遣し戦闘の火蓋が落とされる。勝敗は明白と思われたが、艦長の戦死などイギリス軍は甚大な被害を受け、国内外の世論の批判にも晒された。一方、世界の技術力を身をもって知った薩摩藩は講和を決断するが、そこにはある目論見があったー。幕府、薩長は、「攘夷から開国へ」という歴史の潮目をどう読んだのか。
窓際で定年を迎えた男に、再び夢を見るチャンスはあるか。東京大空襲で孤児となった津村昭二の人生は戦いの連続だった。幸運にも恵まれ、コピーライターとして高度成長期には「豊かさ」の頂点も極めた。しかしそれに水を差すような売れっ子コピーライターの自殺。心に迷いが生じた途端、昭二は運に見放される。本当の生き甲斐とは何か。昭和ヒトケタの男が直面する第二の人生。