1995年3月17日発売
縞の合羽に三度笠、軒下三寸借り受けての仁義旅ー舞台、映画、歌でもおなじみの〈股旅もの〉。しかし、ここに収めた八編は単なるやくざのアクション・ドラマを越えた人間の物語だ。「股旅者も、武士も、町人も、姿こそ違え、同じ血を打っている人間であることに変りはない」。義理と人情のしがらみ、法の外に打ち捨てられた渡世人の意地と哀愁にそそぐ温かいまなざし。庶民派作家の真骨頂がここにある。
武田信玄の寵臣土屋庄三郎は、夜桜見物の折に老人から深紅の布を売りつけられる。これぞ纐纈布。古く中国で人血で染めたとされる妖しい布だ。この布が発する妖気に操られ、庄三郎がさまよう富士山麓には、奇面の城主が君臨する纐纈城や神秘的な宗教暖が隠れ棲み、近づく者をあやかしの世界に誘い込む。怪異と妖美のロマンを秀麗な筆致で構築し、三島由紀夫をも感嘆させた伝奇文学の金字塔。
勤王の志士の妹・お香代の面影を恋い求め、変転する時流にもてあそばれる織之助は、思わぬ成り行きから、ふたたび独楽勝負に身の行く末を賭けることになる。対するは愛憎半ばする宿敵、伏見流名人・潤吉。剣風吹きすさぶ京、時代の激流は二人の若者と彼らが愛する美女の運命を容赦なく押し流していく。寄略縦横、日本大衆文学史に巨大な足跡を印した著者の『富士に立つ影』と並び称される異色長編。
高田の馬場の堀部安兵衛、鍵屋の辻の荒木又右衛門、忠臣蔵で知られる赤穂四十七士…忠臣孝子の復讐譚は、芝居に、映画に、また小説に謳われてきた。仇討、その数は二百を越すという。『仇討十種』で作家デビュー以後、著者はこの日本的美徳をさまざまな形で追求しつづけた。厖大な数の仇討作品群のなかから選び抜いた二十一編は、美化されがちな艱難辛苦の物語の陰の真実をも鮮やかに浮彫りにする。
エヴァは父のヒリングトン卿と共に亡き母の故郷であるパリへやって来た。ところが、その父も心臓発作で急死してしまった。やっと葬儀を終えたあとエヴァは高価な飾りボタンの紛失に気づく。その行方を求めて、父の倒れた場所が悪評高い館とも知らず、エヴァはその館に赴いた…。
妻のヘレンがひらいた女ばかりのパーティを逃れて、シャンディ授業はメイン州の海岸地帯にやってきた。目当ては名高き巨大ルピナスの観察。この世のものとも思えぬ咲きっぷりに仰天するシャンディだったが、二日めの夜、宿屋の食堂で思いがげない事件が突発する。えらそうに最後のチキン・ポット・パイをかきこんでいた男が青酸カリで毒殺されてしまったのだ。
推理作家同士が果たし合いを。新進作家佐々環が先輩作家若狭いさおを批判したことから、両者は剣呑な間柄となり、とうとう決闘宣言に。心配した編集者たちが小島にある若狭の別荘に駆けつけてみると、密室状態の室内で絶命している若狭を発見した。犯人はやはり佐々なのだろうか。二人の書いた短編ミステリを作中作として織り込むという趣向も楽しい、著者会心の長編推理小説。
「困っちゃった、わたし、人を殺したの」結婚するから別れて欲しい、と言われ、かっとなって相手を突き飛ばしたところ、打ちどころが悪くて死んでしまった、という友人の告白を聞き、内縁関係にある女性で結成したグループの面々が架空の犯人をでっち上げたまでは良かったが、いないはずの人物に瓜二つの人間が実在したから話は混沌として…。予断を許さぬ展開と意外な結末。