2023年10月12日発売
泥棒をしたり、粗相をしたりする“駄犬”と、それでもかわいく思う作家との交流を描いた「駄犬」「犬と小説家」。半可通の男が、お店の女性たちからばかにされているのに、田舎者の青年にいいところを見せようとする「遊子方言」。娘を交通事故で亡くした男が、手紙の交換を通じて女子高生と心を通わせる「嘘」。満州時代の思い出を、阿川弘之氏との交流を交えて綴る「初恋」「クワッ、クワッ先生行状記」。そして、気持ちがやさしく世話焼きの先輩女性社員に、新入社員が気づかぬうちにからめとられてしまう表題作「天使」など、クスリと笑えてホロリと泣ける珠玉の短篇集。
人物評伝では高く評価されている瀬戸内晴美が、自らとゆかりの深い人物について掘り下げた短篇集。欧州社交界にこの人ありといわれた薩摩治郎八が余生を過ごす徳島に、地元生まれの著者が訪ねていく表題作のほか、太宰治の終焉の地近くに住むことになった著者が、“斜陽の子”太田治子との対話などを綴った「三鷹下連雀」、恋多き男・竹下夢二が最も愛した女性・彦乃との悲しい物語「霧の花」、著者が師事する丹羽文雄と老画家との奇妙な交流と別れを描いた「春への旅」、幸徳秋水の元妻の独白の形で綴られる「鴛鴦」の5篇が、著者ならではの女性と人間についての深い洞察で描出される。
松尾純一郎、57歳。大手ゼネコンを早期退職し、現在無職。妻子はあるが、大学二年生の娘・亜里砂が暮らすアパートへ妻の亜希子が移り住んで約半年、現在は別居中だ。再就職のあてはないし、これといった趣味もない。ふらりと入った喫茶店で、コーヒーとタマゴサンドを楽しみ、せっかくだからもう一軒と歩きながら思いついた。これから、趣味は「喫茶店、それも純喫茶巡り」にしよう。東銀座、新橋、学芸大学、アメ横、渋谷、池袋、京都ー。コーヒーとその店の看板の味を楽しみながら各地を巡るが、実は苦い過去を抱えていた。妻の反対を押し切り、退職金を使って始めた喫茶店を半年で潰していたー。
四国から東京へ。映画音楽の勉強のため、専門学校に通うことになった修文は、引越し先・風月荘704号室にまつわるある噂を聞く。「出るよ、茲」-久世花音…かつて修文と同じく「音楽」という「夢」を追い続け、ある日、自ら命を絶った3代前の住人の幽霊の話を。“かのん”が影を落とす部屋から始まる、切なく美しい、そして謎に満ちた青春の物語。
照子と瑠衣はともに七十歳。ふたりにはずっと我慢していたことがあった。照子は妻を使用人のように扱う夫に。瑠衣は老人マンションでの、陰湿な嫌がらせやつまらぬ派閥争いに。我慢の限界に達したある日、瑠衣は照子に助けを求める。親友からのSOSに、照子は車で瑠衣のもとに駆けつける。その足で照子が向かった先は彼女の自宅ではなく、長野の山奥だった。新天地に来て、お金の心配を除き、ストレスのない暮らしを手に入れたふたり。照子と瑠衣は少しずつ自分の人生を取り戻していく。照子がこの地に来たのは、夫との暮らしを見限り、解放されるため。そしてもう一つ、照子には瑠衣に内緒の目的があったー。
野々宮志乃はスーパーの人気商品を盗み、万引きGメンから声をかけられる。咄嗟に志乃は、店の駐輪場にいた箱根勇に、「あなた」と夫のごとく呼びかけた。勇は反射的に夫婦を装い、志乃を助けて…。夫に先立たれた四十代販売員の志乃と、不倫が原因で離婚した五十代会社員の勇。親しげな言葉を交わすようになったふたりは、断ち切れぬ絆を感じる。傷を抱えた大人たちが辿り着いた場所とはー。夕暮れを染める一瞬の不思議な輝きが、ふたりを結び付けて離さない。成熟した男女が行き着くのは、後悔か、希望か。至高の愛を描く恋愛小説。
東家は男ばかりの四兄弟。上から研究者の朔太郎、占い師の真次郎、会社員の優三郎、大学生の恭四郎と両親が、ほどよいバランスで暮らしている。ある日、優三郎が趣味のタロットで“最凶”のカードを引き当てた。直後、優三郎と彼女の秘密が真次郎によって恭四郎に明かされ、信頼関係に亀裂が入ってしまう。不運の連鎖は止まらない。朔太郎や両親にも波及し、隠れていたトラブルが表面化しはじめた。あげくの果てに家族関係を崩壊させそうな女性まで現れ…。噴出する秘密と本音に大わらわの東家に、平穏な日常は戻るのか!?
小説家になった羽見晃が入居を決めたのは、墨田区鐘ケ淵にある築六十年、二階建ての“マンションフォンティーヌ”だった。真っ白いアーチの入口、中庭には噴水と少女像、花壇もあって、フランスにありそうな建物。管理人嶌谷さんの腕には本物の入れ墨があったり、大家のリアーヌさんは七十八歳のフランス人だったり色々変わっている。三十年もいる教授や生まれた国を追われたハーフの男性とかワケありな人が多く住んでいるけれど、みんな優しくて仲がいい。ガーデンパーティ中、三号室の三科さんが元DV夫から追われていることを知り、住人たちで役割分担をして守ることに。でも同時に、思わぬ人物がマンションを訪れていて…。
深川の新兵衛長屋に住む十三歳のお綾。三年前に母を亡くしたが、大工の父直次郎、弟正太と慎ましく暮らしていた。ある日、父の朋輩重蔵の店賃滞納で揉めている中、隣に坂崎清之介という写本を生業とする侍が越してきた。本好きのお綾は、部屋の片づけを束脩代わりに坂崎に手習いを見てもらうことに。そこで書きかけの本『つきのうらがわ』を見つける。子が亡き母の住む月へ辿りつこうとする物語だった。「続きを考えさせてくれませんか」とお綾は頼みこみ、正太と重蔵の子おはると一緒に考え始める。次第に子どもたちは優しい坂崎を慕うようになる。だが、坂崎には人を殺して生国を追われたという噂があったー。
名もなき人たちの痛苦にみちた声を、自在の筆致、複眼の眼差しで描くショートストリー29篇。余命宣告から2年余。膨大な原稿を遺し著者は55歳で逝った。本書はその第1巻である。