2023年7月13日発売
“お前は自分の仕事を馬鹿にされるのを嫌う。お前自身が、誰よりも馬鹿にしているというのに。”腕利きの溶接工が陥った突然スランプ。日に日に失われる職能と自負。異色の職人小説。第169回芥川賞候補作。
ー今日私が申し述べました真相は、あるいは大部分が嘘であるかも知れません。嘘であるという証明も本当であるという証明も出来ないのであります。…有るものはただ外部的資料に過ぎない。私の行為、私の言葉に過ぎない。私の心にある真実は推察されるだけであります。-自殺幇助の疑いで裁判にかけられている雑誌編集長・神坂四郎。神坂が横領の事実を糊塗するために、梅原千代が持つダイヤを我が物にしようとし、心中を装ったとされているが、証言台に立った被告の妻、同僚女性、被告の飲み仲間らは微妙に食い違う証言をする。被告のさまざまな顔が明らかになると同時に、証人のエゴイズムも露わになっていく表題作のほか、戦争で人生が変わってしまった二人の女性を描く「風雪」、常識や時代にとらわれず勝手気ままに過ごしているように見えた友人の本当の想いを綴る「自由詩人」という傑作短篇2篇を収録。
浅草六区の映画街で、ストリップ小屋の隣にバラックを建てて住み着いていた廃品回収業のイサム。関東大震災時に頭を打った影響で、言動は少しおかしいが、生真面目な性格から楽屋番のおばさんをはじめ周囲の人からかわいがられていた。毎年春になると、踊子の一人を好きになり、線のつながっていない電話機で電話をかける。やがて妄想の相手と恋人同士になり、熱い日々が続くが、踊子に本当の恋人ができると…。イサムのユーモラスだが悲しい恋を描いた表題作のほか、厳しい刑事とストリッパーのほのかな恋を綴る「入歯の谷に灯ともす頃」、重要文化財の天狗の面を、あらぬことに使ってしまう「天狗の鼻」など、いずれ劣らぬ名調子5篇を収録。
“魔界都市“新宿””にトランクひとつで一〇〇億の薬が流入。受渡し、持逃げ、横盗りの応酬の末、現場はことごとくバラバラ死体に埋まる殺戮の海と化した。白い医師メフィストはこの惨状を、超古代のイタリアで小国をあげて使われた、『王妃マーゼンの唾』なる媚薬の副作用と断じる。その背徳の都もまた、悦楽を求めて侵略した隣国と共に滅亡、歴史から消えていた。太古に由来し、獣のごとき血の嵐を呼ぶ媚薬を誰が、なぜ“新宿”に?美貌の人捜し屋・秋せつらはメフィストと共に謎を追うがー。最新作書下ろし!