2001年発売
八十を過ぎた老作家は、作者自身を思わせて、五十過ぎの重度アルコール中毒の息子の世話に奮闘する。再婚の妻は血のつながらぬ息子の看病に疲れて、健忘症になってしまう。作者は、転院のため新しい病院を探し歩く己れの日常を、時にユーモラスなまでの開かれた心で読者に逐一説明をする。複雑な現代の家族と老いのテーマを、私小説を越えた自在の面白さで描く。『抱擁家族』の世界の三十年後の姿。
十三世紀、ユーラシア大陸を席捲したモンゴル軍が占領したペルシャ高原のとある街。モンゴルの将軍とその命を狙うペルシャ人との暗闘を描いた「ペルシャの幻術師」(昭和三十一年、第八回講談倶楽部賞受賞)は司馬氏の幻のデビュー作で、文庫初登場である。同じく文庫初収録の「兜率天の巡礼」等、全八篇の短篇集。
脳に障害をもつ由希が奏でる超人的チェロの調べ。指導を頼まれ、施設を訪れた東野はその才能に圧倒される。名演奏を自在に再現してみせる由希に足りないもの、それは「自分の音」だった。彼女の音に魂を吹き込もうとする東野の周りで相次ぐ不可解な事件。「天上の音楽」にすべてを捧げる二人の行着く果ては…。
「私」はアパートの一室でモツを串に刺し続けた。向いの部屋に住む女の背中一面には、迦陵頻伽の刺青があった。ある日、女は私の部屋の戸を開けた。「うちを連れて逃げてッ」-。圧倒的な小説作りの巧みさと見事な文章で、底辺に住む人々の情念を描き切る。直木賞受賞で文壇を騒然とさせた話題作。
難事件を解決し、一息つこうと江城の町へやってきたのは、名探偵として名高いディー判事。だがやはり彼には休息の時はなかった。身分を秘して投宿した旅館に、町にある皇室の離宮から突如お召しがかかったのだ。訝しみながらも参内したディーの前に現われたのは、皇帝の息女であった。皇帝から賜った首飾りが忽然と消え失せた、事が露見する前に極秘裏に探し出してほしい…許可なしには何人も立ち入れない離宮内で、いったい何が起きたのか?古代中国に材を取り、巧妙なトリックと大胆な推理で世界中に多くのファンを持つ人気シリーズ登場。
「存分に舞い狂うてみせてやる…」江戸は安永ー天明期、下積みの苦労を重ね、実力で歌舞伎界の頂点へ駆けのぼった中村仲蔵。浪人の子としかわからぬ身で、梨園に引きとられ、芸や恋に悩み、舞いの美を究めていく。不世出の名優が辿る波乱の生涯を、熱い共感の筆致で描く。第八回時代小説大賞受賞作。
相手が大名だろうが、何だろうが恐いものなし。ご存知、数寄屋坊主の河内山宗俊。練塀小路にある宗俊の屋敷には、彼を慕う悪党どもが、日毎、ゆすりたかりのネタを持ち込んでいた。大仕掛けの絵図を描き、真の悪人の弱みを握り懲らしめる宗俊。そんな男気あふれる彼の裏をかく、凄腕の奴も現れて…。色と欲に彩られた男女の、二転三転の成り行き。江戸情緒のなかに悪の美学が冴える。連作ピカレスク・ロマン。
一六、七世紀スペインの片田舎で、意気軒昂たるドン・キホーテが「冒険」を演じているとき、そこには、実は何ひとつ非日常的なことは起こっていない。彼の狂気が、けだるく弛緩した田舎の現実を勇壮な「現実」に変え、目覚ましい「冒険」を現出させる。
「後篇」では、ドン・キホーテの狂気は大きく様変わりする。もはや彼は、自らの狂気に欺かれることはない。旅篭は城ではなく旅篭に見え、田舎娘は粗野で醜い娘でしかない。ここにいるのは、現実との相克に悩み思案する、懐疑的なドン・キホーテである。
どこかよく分からない場所で、何時かよくわからない真夜中に、ぼくは何度目かの失恋をした。大阪発東京、カップル+男2人。4人それぞれの思いを乗せたドライブ旅行のゆくえは。
平凡な日々を送っていた女子高生「結城音緒」は、ある才能を持っていた。彼女は高い確率で『予知』ができるのだ。ある日、親友の関根杏子が失踪した。音緒はこのことが予知できなかった。その頃街では謎の失踪事件や、正体不明の焼死体が発見される事件が頻発していた。事件に巻き込まれたことを予知した音緒は、『才能』を使って杏子を探し、彼女を見つけることに成功する。だが、その場には杏子が大ファンだといつも語っていた、あの失踪した伝説のバトルホイールレーサー「サムライ・ジョウ」が現れ、『何か』に変貌してしまった杏子を撃ったのだ…大歓声を持って迎えられたスーパーアクションヒーロー伝、疾風怒濤の第二弾。
「-の音を聞くと、何かがおこるんだって」恋人もいなければ、親友と呼べる人間もいない“私”の耳に偶然届いた言葉。たわいのない噂話を耳にしたその日、私は“彼”の声を聴いた。私が待ち望んでいた“彼”。誰にも聞こえない、私だけに聴こえる“彼”の声。彼の声だけを聴きたい、その一心から、私はあらゆる音を排除していくー(「ベルの音が」)。新鋭女流作家が綴る、切なく心を凍らす書き下ろし連作ホラー。
怪異から産み落とされた言葉は文字になり本になり、読んだ人々の心の中に植え付けられていく。やがて本は再び言葉になり口から口へ伝えられていく。ここに記したささやかな怪異たちが、たとえ姿形を変えても生き続けることを願ってやまない(「怪の標本」)。処女作『幻日』で怪談文学の新しい書き手として注目を集めた著者がおくる、待望の書き下ろし作品集。
小説家詠子には秀美と徹という恋人がいたが、徹にプロポーズされたことが元で、二人とも失ってしまう。失意の日々を送っていた詠子だが、ある日自宅の前に徹が現れ口論となる。徹に暴力を振るわれそうになった時、通りすがりの女性、絵里花が救った。彼女は美しく気品のあるお嬢様だった。だが、それは彼女の本性を覆い隠すものでしかなかった…傑作ルナティックホラー、待望の文庫化。