1995年9月発売
やっぱり民族楽派は血が騒ぐんだよねえ。文句なしに受け入れてしまう固有のリズム。なのに外山の「ラプソディ」を大音響で聴いているところを近所に知られると、かなり恥ずかしいのはなぜだろう? 「木挽歌」のトラックはちゃんと分けてほしかったな。
わずかに8曲の主要作品のみを残し他界した矢代秋雄と、若くして独自の境地を開いた三善晃、2人の天才がともに「日本フィル・シリーズ」のために書いた代表作。戦後日本の音楽史という視座で聴くと、58,60年の音と個性、時代も、新鮮に響いてくる。
三善晃が60年代半ばに発表した代表的な協奏曲を2曲収めたディスク。1楽章形式で書かれたピアノ協奏曲も抒情的な美しさをもったヴァイオリン協奏曲も、日本の音楽史に名を残す作品の一つ。若杉弘指揮の読売日響が本荘と江藤のソロを懸命に支えている。
日本が世界に誇る、といっても言い過ぎではない武満徹のオーケストラ作品を集めた1枚。古典的な意味でのオーケストラばかりでない潤沢な音素材を用いて、透明でイマジネーション豊かな音楽が生みだされる。収録曲は少ないが聴きごたえ十分。
武満の初期の名作を収録。驚くほどテンションの高い演奏だ。60年代半ばという時期は、まさに現代音楽にとっては活性期にあったことがうかがえる、なお大作の〈ピアノと管弦楽のための弧〉(第1部、第2部、全6曲)は、本演奏が全曲の初演奏となっている。
雅楽の持っている独自の音色、時間構造などを、武満の感性に引きずり込み解き放した73年の作品。初演時に音が垂直に立ち昇るような経験をした覚えがある。邦楽器(?)を使用した武満の傑作の一つだと思う。こうした曲でのCDの威力は絶大である。
単なる刺激的な音響を求めずに、平穏でおだやかな空気を求めた柴田南雄の作品集。構造的に一番親しみやすいのは(1)であり、(2)も独特の静けさと不思議な響きをもっている。(5)は日本の伝統への接近が見られる、やや奇異な気分のする作品である。
日本の偉い作曲家先生方のシリーズ13枚め。松村禎三の70年代の作品。解説には“絶対者を意識した人間の行為として”の作曲、といった重厚、深遠な雰囲気のすごい言葉が並んでいるが、音楽も同様な雰囲気に溢れる。この手の語り口の好きな人向け。
現代日本の音楽名盤選として十数枚を数えるシリーズ。このアルバムでは過去に囚われぬ視点から日本の音楽を志向している石井眞木を取り上げる。収録の2曲はどちらも非欧米生まれの打楽器をオーケストラと対決させ、大変興味深いサウンドを創作したもの。
クラシック・ギター界の第一人者。彼が日頃から愛聴している楽曲が演奏されていて、その中にはクラシックの領域から外れた楽曲もある。たとえばそれらの曲にしても、彼のアプローチは気負いもハッタリもなく、曲の核心を捉え、見事。素晴らしい演奏だ。
クラブ・シーンで話題のソウル・ボッサ・トリオの楽曲を、内外のリミキサーがリミックス。東京から小林径、京都から竹村延和、ベルリンからJ.J.クーパー、ハンブルグからソウルソサエティと、そのメンツを見てもクオリティの高さが想像できるだろう。
「ニュー・キョク・シュー1992-95」とネーミングされたアルバムは、ご存じの曲のニュー・アレンジなども含まれた14曲入り。目玉はなんと言ってもシングル・カットもされているオイシイとこメガ・ミックスの(13)。さあ、急いでマスターしてボックスへ。
まぁ、何がブームかって、「テクノブーム」ですわ。というわけで日本のテクノ・レーベルの代表曲を集めたコンピレーションなのです。ボーッと聴いてると(9)が気持ちよかったです。テクノの基本は遊び心? テクノの可能性と同時に閉鎖性も感じさせる1枚。