著者 : 伊藤桂一
昭和十四年五月、満蒙国境で始まった小競り合いは、関東軍、ソ蒙軍間の四ヵ月に亘る凄絶な戦闘に発展した。襲いかかる大戦車群に、徒手空拳の軽装備で対し、水さえない砂また砂の戦場に斃れた死者八千余。生還した三人の体験談をもとに戦場の実状と兵士たちの生理と心理を克明に記録、抑制された描写が無告の兵士の悲しみを今に呼び返す。芸術選奨文部大臣賞、吉川英治文学賞受賞の戦争文学の傑作。
天網恢恢疎ニシテ漏ラサズ!が口癖の、風車の親分こと御用聞の浜吉。今日も小石川伝通院で風車を売っていると、難事件の解決依頼が舞い込んでくる。月夜になると娘をさらう駕籠の謎を負う表題作、ハゼ釣りの客が釣った銀のかんざしから、かどわかされたご新造の行方をつかむ「かんざし釣り」など、推理と人情で謎を解く捕物9話。お縄にしたあとの計らいも粋な、シリーズ3作目。
斬るか斬られるかの厳しい剣の世界で死と隣り合わせに生きる剣客たち。そのさまざまな生のかたちの中に、人の世の情け、人生の妙が味わい深く捉えられた粋な剣豪小説集。卑劣な手段で父を殺された娘が、蛇を小道具に旅の武芸者の助太刀を得て敵を討つ表題作、弱者相手の他流試合で賭金を稼ぐ男の末路を描いた「見世物剣法」など10篇に、女剣士・川崎小秀が活躍する連作4篇を併録。
鬼怒川沿いの大きな宿場町、阿久津。行き交う多くの人々で賑わいを見せているが、何かと事件も多い。川船の仕事一切、宿場の管理も請け負う河岸問屋を舞台に、日々の出来事の中から拾い上げられたホロリとさせられるような人情話が花を咲かせる。若い船頭・喜作と薄幸の娘・ユリとの悲恋を語る「鬼怒の船唄」、その喜作が子持ちの後家と山雀師の縁を結ぶ「鬼怒で鳴く鳥」等連作9話。
美しい女を争って剛剣がうなり、おのが愛を守ろうと女の“秘剣”が舞い、女敵討ちの悲しい剣が奔る…。やませみが魚を獲る一瞬の妙技から想を得た、鍾捲新流の秘剣“やませみ”。夫の仇を討つためにその敵から“やませみ”を学ぶ決意を固める志乃を描く「秘剣やませみ」ほか八編を収録する秀作仇討ち短編集。
ふとした出来心で、追い詰めた強盗から金を受け取り、目こぼしをしてしまった浜吉親分。そのために御用聞をお役御免となり、百叩きの刑にあって、5年の所払いで江戸を逐われた。年期があけて江戸にもどった浜吉は、風車を作って生計をたてるが、昔鳴らした腕の冴え、捕物の虫はおさまらない。幼なじみの喜助親分の配下留造に知恵をさずけ、難事件を見事に解決。連作短編12編。
虫売りを生活の足しにしている浪人の妻・紀乃は、いつしか我が身をもひさぐ運命に(表題作)。-江戸の市井に生きる人々が織りなす人間模様を、世話物の名手が哀感・情感漂う筆致でしみじみと描いた珠玉小説集。
流れ落ちる滝のような一条の白い線と、梅の花びらを思わせる美しい紋様ー。見る者の心に戦慄さえ呼びおこす名石“深山の梅”に憑かれた二人の武士の友情と、決して消すことのできない親友の妻への慕情を描く表題作ほか、娼妓として売られた女の初々しい心持ちを伝える「朝の雀」、桜の精に心奪われた男がやがて身近な女の献身に気づく「花かげの女」など、哀歓を奏でる時代小説8編。
経営難に苦しむ呉服商角屋は隣家からの出火で、店舗と仕入れたばかりの商品を一夜にして失った。父・吉兵衛は縊死し、2人の兄は頼りにならず、膨大な借財を返すため18歳の花江は料亭“たちばな”に住み込んだ。名の通った料亭とはいえ、上客のためには女の世話もする。奉行所の役人や、かつての許婚者が、花江を買いにやってくる…。肉体を超えた凄絶なまでの男女の愛を描く長編小説。