著者 : 佐藤亜紀
18世紀ベルギー、フランドル地方の小都市シント・ヨリス。ヤネケとヤンは亜麻を扱う商家で一緒に育てられた。ヤネケはヤンの子を産み落とすと、生涯単身を選んだ半聖半俗の女たちが住まう「ベギン会」に移り住み、経済学など独自の研究をヤンの名で発表し始める。ヤンはヤネケと家庭を築くことを願い続けるが、自立して暮らす彼女には手が届かない。やがてこの小都市にもフランス革命の余波が及ぼうとしていたー。
憧れ。束縛。楽しい思い出。恐怖の記憶。一枚の布が、さまざまなかたちで波風を立てる。九人の人気作家によるスカートモチーフの新作短編集。
第二次世界大戦末期。ハンガリー大蔵省の役人のバログは、敵軍迫る首都から国有財産の退避を命じられ、ユダヤ人の没収財産を積んだ「黄金列車」の運行に携わることになる。混乱に乗じて財宝を狙う有象無象を相手に、文官の論理と交渉術で渡り合っていくバログ。過酷な日々の中、胸に去来するのはかつて青春を共にしたユダヤ人の友人、そして妻との出会いだった。輝くような思い出と、徐々に迫ってくる戦争の影。ヨーロッパを疾駆する列車のなか、現在と過去を行き来しながらバログはある決意を固めるー。
ナチス政権下のドイツ、ハンブルク。軍需会社経営者である父を持つ、15歳の少女エディが熱狂しているのは、敵性音楽の“スウィング”だ。歌い踊り、天才的な即興に驚嘆する。ゲシュタポの手入れを逃れるのもお手のものだ。だが音楽に彩られた日々にも、戦況の悪化が不穏な影を落とし始める…。権力と暴力に蹂躙されながらも、自分らしく生きようと闘う人々の姿を、ジャズのナンバーとともに描きあげる、魂を震わせる物語。
1939年ナチス政権下のドイツ、ハンブルク。軍需会社経営者である父を持つ15歳の少年エディは享楽的な毎日を送っていた。戦争に行く気はないし、兵役を逃れる手段もある。ブルジョワと呼ばれるエディと仲間たちが夢中なのは、“スウィング(ジャズ)”だ。敵性音楽だが、なじみのカフェに行けば、お望みの音に浸ることができる。ここでは歌い踊り、全身が痺れるような音と、天才的な即興に驚嘆することがすべて。ゲシュタポの手入れからの脱走もお手のものだ。だが、そんな永遠に思える日々にも戦争が不穏な影を色濃く落としはじめた…。一人の少年の目を通し、戦争の狂気と滑稽さ、人間の本質を容赦なく抉り出す。権力と暴力に蹂躙されながらも、“未来”を掴みとろうと闘う人々の姿を、全編にちりばめられたジャズのナンバーとともに描きあげる、魂を震わせる物語。
独立蜂起の火種が燻る、十九世紀ポーランド。その田舎村に赴任する新任役人のヘルマン・ゲスラーとその美しき妻・エルザ。赴任したばかりの村で次々に起こる、村人の怪死とその凶兆を祓うべく行われる陰惨な因習。怪異の霧に蠢くものとはー。
さる侯爵が、美しい養女ジュリーを、放蕩三昧の金持ちV***氏に輿入れさせようと企んだ。ところが、ジュリーには結婚を誓い合った若者がいる。彼女を我が子同然に可愛がり育ててきた侯爵夫人は、この縁談に胸を痛め、パリのみならずフランス全土で流行していた訴訟の手管を使う奸計を巡らせた。すなわち、誹謗文を流布させ、悪評を流して醜聞を炎上させるのだ。この醜聞の代筆屋として白羽の矢が立ったのは、腕は良いがうだつの上がらない弁護士、ルフォンだった。哀れルフォンの命運やいかにー。猛火に包まれたゴシップが、パリを駆けめぐる。『ミノタウロス』の著者が奏でる、エッジの効いた諷刺小説。
帝政ロシア崩壊直後の、ウクライナ地方、ミハイロフカ。成り上がり地主の小倅、ヴァシリ・ペトローヴィチは、人を殺して故郷を蹴り出て、同じような流れ者たちと悪の限りを尽くしながら狂奔する。発表されるやいなや嵐のような賞賛を巻き起こしたピカレスクロマンの傑作。第29回吉川英治文学新人賞受賞。
世界は何によって、どんな風にできているのか?百姓の小倅であるヨハネスは、ふいに彼を襲った疑問に憑かれて旅に出る。折しも異端審問やペスト、農民一揆に揺れる十六世紀初頭。ヨハネスは、美少年シュピーゲルグランツを伴って、迷い多き道を辿るのだったー。圧倒的筆力で話題を攫った傑作長編小説。
1975年、日本海側のN***県が突如分離独立を宣言し、街は独立を支持するソ連軍の兵で溢れた。父は紡績工場と家族を捨てて出奔し武器と麻薬の密売を始め、母は売春宿の女将となり、主人公の「私」は親友の千秋と共に山に入って少年ゲリラとなる…。無法状態の地方都市を舞台に人々の狂騒を描いた傑作長篇。
優雅な屋敷だったバーチウッドは、諍いを愛すゴドキン一族のせいで、狂気の館に様変わりした。一族の生き残りガブリエルは、今や荒廃した屋敷で一人、記憶の断片のなかを彷徨う。冷酷な父、正気でない母、爆死した祖母との生活。そして、サーカス団と共に各地を巡り、生き別れた双子の妹を探した自らの旅路のことを。やがて彼の追想は、一族の秘密に辿りつくが…。幻惑的な語りの技と、絶妙なブラック・ユーモアで綴る、アイルランドへの哀歌。作家・佐藤亜紀の華麗なる翻訳で贈るブッカー賞作家の野心的傑作。
オーストリア軍の兵士、オットーとカールの兄弟は、膠着状態の戦線で、ロシア兵達の虐殺を目撃したことをきっかけにジェルジュと呼ばれる若者に出会う…。第一次大戦の裏舞台で暗躍する、特殊な“感覚”を持つ工作員たちの闘いと青春を描いた連作短篇集。芸術選奨新人賞を受賞した『天使』の姉妹篇。
「今朝起きたらひどく頭が痛んだ。バルタザールが飲みすぎたのだ」一つの肉体を共有する双子、バルタザールとメルヒオールは、ナチス台頭のウィーンを逃れ、めくるめく享楽と頽廃の道行きを辿る。「国際舞台にも通用する完璧な小説」と審査員を瞠目させ、第3回日本ファンタジーノベル大賞を受賞したデビュー作。