著者 : 奥泉光
太平洋戦争末期、レイテで、真名瀬は石に魅せられる。戦後も、石に対する執着は異常にも思えるほど続くが、やがて、子供たちは死に弄ばれ、妻は狂気に向かう。現実と非現実が交錯する芥川賞受賞作「石の来歴」。兵士たちのいつ終わるとも知れぬ時空を超えた進軍、極限状況の中でみたものは…帝国陸軍兵士の夢と現を描く、渾身の力作、「浪漫的な行軍の記録」所収。
大阪のしがない短大助教授・桑潟のもとに、ある童話作家の遺稿が持ち込まれた。出版されるや瞬く間にベストセラーとなるが、関わった編集者たちは次々殺される。遺稿の謎を追う北川アキは「アトランチィスのコイン」と呼ばれる超物質の存在に行き着く…。ミステリをこよなく愛する芥川賞作家渾身の大作。
時は明治末、挿絵画家・野々宮と東北訛りの女中サトは、富士の樹海から地底探検へと旅立った。光る猫、信玄の隠し財宝、謎の宇宙オルガン…。漱石&ヴェルヌの手に汗握るファンタスティックな続編。
柱の陰に誰かいる-フォギーことジャズ・ピアニスト池永希梨子は演奏中奇妙な感覚に襲われる。愛弟子佐知子は、姿も見たという。オリジナル曲フォギーズ・ムードを弾くと、今度は希梨子の前にもはっきりと黒い服の女が現れた。あなた、オルフェウスの音階を知っているとは驚いたわ。謎の女は自分は霧子だと名乗り、そう告げた。混乱した希梨子は、音楽留学でヨーロッパに渡り、1944年にベルリンで行方不明となった祖母・曾根崎霧子ではないかと思い当たる。そしてフォギーは魂の旅へ-。光る猫パパゲーノ、土蔵で鳴り響くオルゴールに導かれて、ナチス支配真っ只中のドイツ神霊音楽協会へとワープする。
「吾輩は猫である。名前はまだ無い」この一行に、大きな謎が仕組まれていたとはー。上海の街に苦沙弥先生殺害の報せが走り、猫の「吾輩」はじめ、おなじみ寒月、東風、迷亭に三毛子、さらには英国猫のホームズやワトソン、シャム猫の伯爵など、集まった人が、猫が入り乱れ、壮大な野望と謀議が渦を巻く。卓抜な模写文体とロマンで、日本文学の運命を変えた最強のミステリー。
日本海に浮かぶ小島、象島。大学を出たばかりの青年木苺淳一は、かの地の私立プラトン学園に、新任の英語教師として赴任した…崖から“転落死”した前任者の代わりとして…。「面白くなければ小説ではない」と言い切る著者が放つ、会心の長篇小説。クリックから始まる震撼のサイコ・ミステリ。
『猫』の最後で死んだはずが、目覚めたらなぜか上海にいた「吾輩」。そこへ飛び込んだ、なんと苦沙弥先生殺害の報、そして犯人はこの街に。個性的な猫たちが、上海の街を縦横無尽に駆け回って事件解決に大活躍、『猫』でお馴染みの登場人物も総出演。漱石文体を駆使した書下ろし一千枚、“純文学”をぶっ飛ばす奇想天外の冒険ミステリー。
一九七九年に起きた一人の若者の死。その状況と原因をめぐって、それぞれの関係者が推理するその口から、また新たな物語が紡ぎ出されていく。懐古にふけっていたはずの彼等は、いつしか自分たちで作り上げた迷宮に踏み入っていく…。言葉によって構築される現実の脆さとそこに潜む謎を描いて一気に読ませる、気鋭の力作。
オペラの夜、書斎、祭りの舞台…。婚約者と共に紀州・熊野山中の温泉に遊ぶ青年に、執拗に襲いかかる「蛇」のイメージ。差出人不明の謎の手紙、誘惑する姉。にがくも深いためらいを振り切り、気迫にみちた出発を告げるブラックな心理サスペンス。
ブナの原生林奥深く、物語の発生する気配がある。ひとつの謎の種子が虚構の大地に舞い降りる。近代小説のあらゆる夢をはらんだその種子は発芽し、やがて錯綜し繁茂する浪漫の森林となる。水底に沈む谷間の村。消えたコミューン。伝説のキリシタン集落。失踪した青春の恋人。茸毒の幻覚作用。予期せぬ殺人事件。謎を追う者は、物語の放つ霊気を膚に感じ、遠い音楽を耳に聴きながら、いつしか深い森に迷い込む。リアルな認識と知性の証である葦の森。遥かな憧憬の象徴である百合の森。その中心の場所、最も緑の闇の濃い処、夢の密かに生まれる場所に彼が到達するとき、永遠に女性的なるものが光のなかに姿を顕にし、すべての虚構の秘密が解き明かされるだろう。