著者 : 室井光広
てんでんこな言葉遊び、饒舌きわまる文字もじり、けれど真剣この上なく、無限の繰り言が日本語の原郷を、東アジアの無意識をあぶり出す。ジョイスと柳田、モンテーニュと易経が哀野のユートピアに出会い、死者の言葉を結んでは開き、継いでは重ね、天地のコトワリをめぐらせる。日本語の幽霊的宿命がエコーする室井文学の未完の遺作、易占トリックで最高に文学的な寓話、空前絶後な試み(エセー)の物語。 一の巻 《甲子》むちゃくちゃティーパーティー 《乙丑》夜明けの晩に 《丙寅》上下を脱ぐ 《丁卯》キンセンにふれる 《戊辰》蝕言 《己巳》ある蜥蜴の探究 《庚午》断片プロレタリアート 《辛未》うしろを強くするということ 《壬申》三寸オペラ 《癸酉》一巻の終り 《甲戌》二の舞 《乙亥》衣衣 二の巻 《丙子》おらおらでてんでんこにいぐも 《丁丑》若菜 《戊寅》手習い 《己卯》野分 《庚辰》追風用意 《辛巳》総角 《壬午》三寸 《癸未》夕顔 《甲申》ゴドーとバッコ 《乙酉》千不当万不当 《丙戌》ムカゴランド 《丁亥》アイノカゼ 三の巻 《戊子》後人追和 《己丑》復水、盆に返る 《庚寅》[思わずうつってしまう……] 《辛卯》口裏合わせ 《壬辰》幻 《癸巳》雲隠れ 《甲午》ヤドリギ 《乙未》橋姫 《丙申》苦手 《丁酉》ニガデ 《戊戌》ウタカタ 《己亥》心ゆくもの 後記 編集協力 川口好美 装丁 高林昭太
“ゴット(神)ハルト(硬い)は、わたしという粘膜に炎症を起こさせた”ヨーロッパの中央に横たわる巨大な山塊ゴットハルト。暗く長いトンネルの旅を“聖人のお腹”を通り抜ける陶酔と感じる「わたし」の微妙な身体感覚を詩的メタファーを秘めた文体で描く表題作他2篇。日独両言語で創作する著者は、国・文明・性など既成の領域を軽々と越境、変幻する言葉のマジックが奔放な詩的イメージを紡ぎ出す。 変幻自在、越境する言葉のマジック! “ゴット(神)ハルト(硬い)は、わたしという粘膜に炎症を起こさせた”ヨーロッパの中央に横たわる巨大な山塊ゴットハルト。暗く長いトンネルの旅を“聖人のお腹”を通り抜ける陶酔と感じる「わたし」の微妙な身体感覚を詩的メタファーを秘めた文体で描く表題作他2篇。日独両言語で創作する著者は、国・文明・性など既成の領域を軽々と越境、変幻する言葉のマジックが奔放な詩的イメージを紡ぎ出す。 室井光広 多和田文学のキャラクターたちを形容するにふさわしい言葉を今次もうひとつ見つけた。--あやかしの歩行巫女(あるきみこ)。(略)アルキミコたちは男流的押しつけがましさを軽くいなしながら、奥を幻視する。閉じ込められた奥ではどんなあやしの幻術がおこなわれるのか。それは決して「偉大なもの」ではなく、たとえば本書に何度か使われている言葉をかりて簡単にいうなら「壁」を、皮膚の暖かさをもつ皺のイメージにも重なる「襞」に変異させるような術だ。--<「解説」より>
あらゆるコウインシデンス(偶然の一致)を書き留めた、略称「デンス手帳」を小脇に抱え、『ジェイムズ・ジョイス伝』と『ねこまた、よや』という二冊の本を読み進めながら、言語遊戯の“言海灘”を横断しつつ、「野」にわたる風のように人間の哀しみに触れる“私”の傑作長篇。