著者 : 小川国夫
現実と幻想の間を彷徨する若き小説家の懊悩 「僕が故郷に漠然と期待したのは避難港だった。ところが、それどころではなかった」--。 東京から郷里の静岡県藤枝市に居を移した三十手前の小説家・及川晃一の日常的思索を描いた著者の自伝的小説の前編。 1994年、発刊時の単行本の帯には[自分はすでに難破船か、骸骨か。それでもなお試練の故郷で文学者が探し求める自我の新しい船出。現実と想像のあわいに明晰な幻視者・小川国夫が眼をそそぐ]とある。 日本人とは、市民とは、そして小説家とは何かを考え続けた、「内向の世代」の作家・小川国夫の深い懊悩が滲む秀作。朝日新聞に連載され、第5回伊藤整文学賞を受賞。
北へ旅立つ静枝と及川晃一の「一夜の情事」 故郷の静岡県藤枝で若き小説家が探し求める自我の新しい船出。 東京から故郷の藤枝に舞い戻ってきた及川晃一は、父の会社の事務員・三輪静枝と出会う。晃一の書いた小説を静枝が借り出して読んでいることを知り、二人の距離は急接近していくのだが、静枝にはすでに婚約者がいた。 晃一が現れたけれど、結局、静枝は婚約者の求婚を受け入れ、会社を辞めて北へ旅立つという。だが、惹かれ合う二人は送別会の夜、ついに結ばれるのだった。 朝日新聞に連載された「内向の世代」の代表的作家・小川国夫の自伝的長編小説の後編。1994年、第5回伊藤整文学賞受賞作。
太平洋戦争末期、海辺の造船所で働く学徒動員の若者たち。主人公の剛二は、憧憬を抱く若い将校に誘われ、対岸までの遠泳に乗り出す。それは、クリスチャンの叔母が若くして身を投じた海だった…。自らの動員体験を素材とし、迫りくる「死」と「現実」の間で揺れる少年の葛藤を描いた未発表の自伝的小説。
『アポロンの島』が日本の文学界に衝撃を与えようとしていた前夜、煉獄のごとき逼塞感のさ中で推敲を重ねられた作品群には、未来の小川文学の全貌につながる世界のすべてが、ほとばしるように芽吹いていた。作家修錬時代の未発表作品集。
地中海地方の溢れる光の中をひとりバイクで旅する青年が出会う人々や風景を、明晰なことばを積み重ねてくっきりと描き出した「アポロンの島」「大きな恵み」、キリスト教についての著者の基本的な考えがうかがえる「エリコへ下る道」、戦時中の重苦しい時代に土俗的な雰囲気の中で成長する少年を自伝的に描いた「動員時代」の四つの作品群からなる短篇集。
幻を見据え、幻聴を捉える自分の「言葉」が枯れていく。果して「書くこと」の復活は可能なのだろうか。いま熱く心は遠いマグレブの空へ飛ぶ-。危地に陥った文学者の自己再生を賭けた旅を描く長篇小説。