著者 : 川口松太郎
思いを寄せた女性に着てほしくて華麗な振袖を縫い上げた職人、自分のためにお店のお金を横領した若者を無罪放免してもらうために奔走する花魁、親の借金のために請負師の妾になった寄席の娘と貧乏芸人の恋の行方ー私利や損得を顧みずに人間の情に生きた「人情馬鹿」たちを、江戸っ子気質と江戸の言葉が生きていた大正期の東京下町を舞台に綴った名作十二話。
鶴賀鶴八と鶴次郎は女の三味線弾きに男の太夫と珍しい組み合わせの新内語り。若手ながらイキの合った芸で名人と言われる。内心では愛し合う二人だが、一徹な性格故に喧嘩が多く、晴れて結ばれる直前に別れてしまう。裕福な会席料理屋に嫁いだ鶴八と、人気を失い転落する鶴次郎。三年後再会した二人の行く末を描く表題作に、『風流深川唄』など三編収録の傑作集。
旗本大草主膳の一子徹太郎は江戸城中の少年武芸試合で見事優勝した。その褒美として妾腹の弟源次郎を所望し、人も羨む兄弟仲となった。成人後、共に無念流の皆伝を受けた兄弟は花見に出かけたが、予期せぬ喧嘩に巻き込まれた兄は相手を斬ってしまう-お家断絶の危機に瀕して弟源次郎が立ち向かう殺気波乱の時代長編。
憧れの女性に着せたい一心で華麗な振袖を精魂こめて縫い上げた職人、自分のために公金を横領した若者の釈放に奔走する遊女、逢瀬の翌日は必ず負ける力士の出世を願って身を引く芸者…ここに描かれるのは、私利を顧みず人間の情に生きた悲しく優しい「人情馬鹿」たちだ。美しい風俗と江戸っ子気質が色濃く残る大正期の東京下町を舞台に、人生の達人が共感と愛惜の思いをこめて綴った名作十二話。
禅の道は現実逃避の独善ではない。酒・狂歌・女を愛する禅僧一休宗純は、南朝遺臣の反抗騒動や領民の一揆には命がけで周旋の労を取り、大地震、洪水、旱魃では難民救済に奔走し、実生活に根ざす禅修行を貫く。だが、一休の持論である禅僧の妻帯発言が新たな紛糾の火種となる…。著者の遺作大長編。
応仁の乱で焼失した大徳寺の伽藍再建の勅令を受けた一休禅師は、寄進行脚のすえ大役を果たし、名誉ある「紫衣」を賜る。そして山城の酬恩庵での修行生活に戻るが、ひそかに身辺をととのえる。やがて風狂僧一休にも非情な老いと病が訪れる。時に88歳、眠るがごとき大往生。著者、渾身の大傑作長編、完結。
下克上の世にあって一寺に安住することなく、一休宗純は愛弟子天知・雲知を従え修行の旅に出る。道に迷う人々には教え諭し、一揆騒動に出会っては難民に味方して救い、野盗山賊とは命がけで戦う。やがて、実践ひとすじの禅生活のさなか老母の死を看とる。時に一休禅師50歳だったー。著者晩年、円熟の筆が綴る川口版一休さん物語。下巻。
文禄四年七月、関白秀次は太閤秀吉の勘気を蒙って高野山で自害、享年二十八。その時、秀次の家老・白井民部の妻三保は乱倫な秀次の胤を身篭っていた。一族が処断されようとするさなか、民部は秀次の胤を残そうと三保を生国の志摩に落ちのびさせた。この志摩で生まれたのが千加と由加の双児の姉妹。やがて、千加は宮本武蔵と、また由加は出雲の阿国と出会い数奇な運命に翻弄されてゆく。戦国絵巻時代長篇。
秀吉亡き後、家康は最後の決戦・大阪夏の陣を迎えようとしていた。その頃由加は、京都四条河原で歌舞伎舞を極めようとしていたが、最愛の前関白近衛信尹の死で、いまはただ悲嘆に暮れるばかり。一方、千加は堀端の混戦の中で師宮本武蔵と出会い、戦場を離れる苫舟で武蔵と結ばれた。慶長二十年、大阪城は落ち家康はその野望を達したが、姉妹の前途にはいまだ暗雲が晴れようとしなかった…。戦国絵巻時代長篇。
幕末の京。仁孝帝の没後にその皇女として生れた和の宮は、有栖川家の若宮・熾仁親王と婚約し、興入れの日を楽しみに待っていた。だが、公武合体を狙う岩倉具視らによって、この婚約は覆された。二人の宮は、幼少より和の宮に仕える夕秀の手引で駆落ちを図るが果たせず、和の宮は将軍家茂に嫁した。家茂の病没、十五代将軍慶喜による大政奉還の後、二人は江戸で再会を果たすのだが…。華麗なる長篇悲恋絵巻。