著者 : 村松友視
銀色の日傘をくるくる回しながら子猫のアブサンと夏の盛りにふらっとやってきた真弓が、「時代屋」の女房として居着いたのは5年前のことだった。東京は大井町の一隅にある骨董屋を舞台に、男女の淡く切ない恋情と、市井の人々との心温まる日常を味わい深く描いて第87回直木賞を受賞した「時代屋の女房」。後に映画化もされ話題を呼んだ秀作と、追われた男と不思議な二人の老人、匿われていた女の“仮名の男女”が演じ合う夢幻劇のようなひと夏の出来事を描いた「泪橋」、著者による新たなあとがきも併せて収録。
大ベストセラー『アブサン物語』の感動をもう一度!愛猫アブサンの死から一年、著者の胸に去来するさまざまな想いを哀切に綴る表題作他「カーテン・コール」「墓」「妻が大根を煮るとき」「夏猫」「壷」等、猫が登場する傑作五篇を収録。
「明るく暗れている海だって始終さざ波はあるもの、それだから海はきらきらと光っている。」-手習いの師匠を営む母と年頃の娘、そのひっそりと平凡な女所帯の哀歓を、洗練された東京言葉の文体で、ユーモアをまじえて描きあげた小説集。明治の文豪幸田露伴の娘として、父の最晩年の日常を綴った文章で世に出た著者が、一旦の断筆宣言ののち、父の思い出から離れて、初めて本格的に取り組んだ記念碑的作品。
加藤唐九郎が「私が作った」と告白した古瀬戸の壺は、重要文化財の指定を取り消され、壺を推薦した小山冨士夫は文化財調査官の職を辞した。世紀の陶芸スキャンダル「永仁の壺」事件。その後、唐九郎は折にふれて事件を語り、小山冨士夫は最後まで口を閉ざした-。偶然手にした小山冨士夫作のぐい呑みに導かれ、事件に引き込まれた「私」は、躯の奥に潜みつづける作家という存在そのものへのこだわりを揺さぶられてゆく…。嘘と本当のあいだを揺らぐ、複雑な人間心理をみごとに描ききる書下ろし長編小説。
その女が、「私」の祖父・村松梢風と暮す鎌倉の家には、独特の空気があった。放蕩三昧の梢風を「文士」に仕立てあげながら、その女は年齢や経歴を様々に偽り、虚構の人生を縦横に紡ぎだしていたのだから。その姿はいつしか、実母は死んだと言い聞かされ、梢風の正妻である祖母と二人きりで育った「私」自身の複雑な生い立ちと、どこかで微妙に交錯し始めた…。泉鏡花文学賞受賞。
友情…という言葉が蘭子の口から出たことに、小夜子はとまどった。友人、親友、悪友、同志…いろいろな言葉をあてはめて、蘭子と話したことがあったが、いまその言葉を向けられると、やはりどう受け止めてよいのか分らなかった。それに、蘭子と自分の関係には、漠然ともてあそんでいた“悪友”という形容が、もっともふさわしいのではなかろうかと、小夜子は思い始めていたのだ。
怪談咄を手に入れるためには、人間の奥深さや恐さを知らねばならない。怪談咄の祖・林屋正蔵のそんな気持ちが、“東海道中膝栗毛”の作者・十返舎一九への好奇心をより強いものにさせていった。一九には、想像もできない奥行きと恐さがある、その正体を暴く必要がある…。林屋正蔵の執念を描く時代小説傑作。
青山の表通りの閑静な住宅街に、カミュという小さなバーがある。入口に“Camus”というプレートのあるこの店が、小説の舞台である。カウンターのなかにいるマスターの秋月の目からみる、人間模様はクールである。常連客とは一線を引く秋月だが、いつしか渦中に巻き込まれ…。
浪人よ起て!徳川幕府を震憾させた慶安の謀反劇。まるでソ連の政変のように、杜撰で、不安定で、不可思議だ。謎の人物、由比正雪は何を狙うのか。正雪を唆す妖艶な女、素心尼。老中・松平信綱との奇怪な繋がり。“疑惑”の男と女が虚虚実実の江戸に暗躍する、新しい時代小説。
平家討伐の謀議に加わったという罪で鬼界ヶ島に流されたはずの俊寛が、姿を変えて京の都に現れた-自分を裏切り陥れた七人の人間に次々と怨念の刃を向ける“復讐のファンタジー”。
スナックで働く修平はカフェ・バーで見かけた女に一目惚れして、食事も喉を通らない。古風な恋の病を退治すべく奮闘する二人の馴染み客を思わぬ結末が待ち受ける表題作ほか、いたずら電話をめぐって恋の駆け引きを楽しむ男女(「ロマン丸見え」)、愛人ができたので別居中の妻を訪ねて離婚届に捺印するよう説得を続ける男(「血」)、等々、一筋縄では行かない男と女を軽妙な筆致で描く8編。
小さな出版社の編集部員・洋一は、新宿ゴールデン街の酒場で見た芝居のポスターの画家に、童話シリーズの絵を依頼した。蚊絣の着物を着、坊主のように頭を剃り上げている画家は、木札の百人一首を持っていた。二人の間でさっそく坊主めくりが始まった。だが、坊主札が出るとうれしそうに解説する画家は、なぜか顔を見せない姫札(小野小町、式子内親王、周防内侍)に異常な関心を示すのだった。珠玉の長篇。
男ゆえの傷をかくして港町神戸をキザに生きる名倉。その彼を敬愛しながらも、やがては追い越そうと狙う若者。そして誘蛾灯のような名倉の魅力にひかれて寄ってくる女たち…。名倉をめぐる人物の相関図が次第に暴いてゆく彼の謎の過去とは何なのか?美しい神戸を舞台に、人生を踊る男女を洗練された手法で描くロマン。
夜の都会の片隅で、今日も男と女が酒に酔い、人生を語り、恋におちる。-妻が帰省中の男に恋愛ゲームを仕掛けてきた女が残したすき間風のような感触(「夜のうらない」)。やっと自分の店を構えた男の日常にふとすべりこんできた謎の美少女との淡い交流(「夜のグリコ」)。妻が雇った興信女の女探偵と、調査された男との皮肉な絡み合い(「夜の探偵」)等、ナイトピープルが綾なす九つの掌編。